目標捕捉
「いったいどこに・・・」
いつの間にか、山崎があらわれていた。
まるで忍びだ、と思う。もちろん、そんなものにお目にかかったことはないが、漫画や小説にでてくる、という意味でである。
「ああいう連中は、記憶力がいいのでな。こちらをしらぬとは思うが・・・」
そうか・・・。
この時期はまだ、坂本は幕府から目をつけられている。
「相棒が、武田さんをみつけたようです」
「そうか、ならば急ごう」
「山崎さんっ!」
走りだそうとした山崎の肩を掴む。
いや、あの夜のことは・・・。
ここで「人斬り半次郎」の名をだせば、ややこしいことになる・・・。
「どうした?」
こちらに向き直り、頭を傾げる山崎。
「近いようです。いきましょう」と、ごまかす。
屯所にもどってから、副長に報告しよう。
相棒が、いきたくてうずうずしている。
そのあとを、小走りについてゆく。
新撰組の隊士たちが利用する店は、こういった花街であっても、普通の呑み屋や食べ物やであっても、おなじ店を使う傾向があるらしい。
そのほうが、ツケなどの融通がきくからであろう。
その店は、花街でも屯所から一番遠い位置にあり、隊士たちも使いそうにない、ということだ。
かなり時間も遅い。
中心からもずれているので、人通りもほとんどない。
さきほど揚屋の男衆とすれ違ったが、それ以降はだれも通らない。
「間違いないか?」
「いろは屋」という、わかりやすい屋号の店の通りをはさんだ向かいの路地に、潜んでいる。
ちょうど花街をうろついていた目明しがいたので、屯所に言伝を頼んだ。
そこは山崎も心得たもので、通常より倍の金子を握らせてやると、「すぐに参りやす」とその年老いた目明しはすっ飛んでいった。
「ええ、間違いありません」
相棒は、お座りの姿勢でじっとその店をみつめている。
不意に唸り声を上げ、うしろのおれをちらりとうかがう。
「どうやら、動きがあったようですね。裏口、あるはずですよね?」
「無論だ」
山崎は指を顎にあて、しばし考えている。
屯所からだれかがやってくるには、まだしばらくかかるであろう。
「主計、武田先生は軍学者だ。屯所の道場で、剣術の稽古をしているところをついぞみたことがない。滅多なことはないし、わたしができるだけのことはするつもりだ。まぁわたしも、他人のことはいえぬが・・・」
笑ってしまう。
馬鹿にしたわけではない。気遣ってくれているのが、嬉しい。
「ご心配なく。おれも自分のことくらいは自分で護れますし、副長からはみつけるだけでいい、と厳命されています。無茶はしません」
「わかっている。だが、追い詰められた相手は、どうでるかわからぬ」
そして、山崎は決断した。
「ゆこう。ここで逃げられたら、薩摩藩邸に逃げ込むやもしれぬ」
薩摩藩に門前払いを喰らったそうだ。ついでに、新撰組からはなれた、伊東率いる御陵衛士にも。
が、窮鼠はどうするかわからない。そして、一度は門前払いした薩摩も、副長を闇討ちするにあたり、なにを画策していてもけっしておかしくない。
あるいは、あの闇討ち自体、武田からの情報によるものだったのかも。
「承知。相棒、頼むぞ」
相棒の頚から縄をはずす。
「ゴー!」
号令以下、相棒は真向かいの店へと駆けだす。
それはまるで、弓から放たれた一矢である。