拉致集団と対峙する
崩れかかったお堂がみえてきた。連中も、おれたちがやってきたことは見張りによってしらされている。
「とまれっ!土方っ、きさまだけこちらへこい」
まちかまえていた相手側の一人が叫ぶ。ざっと数えただけで、十数人はいる。全員がすぐに抜刀できるよう、間隔をあけて立っている。
もちろん、河上もいる。こちらを、油断なくみている。その視線は、副長よりも永倉へ向けられている。
先日、路上で永倉に斬られたからであろう。
そのねっとりとした視線が、副長の左右に立つ双子へと向けられる。
副長が、後掌でおれたちを制する。それから、自身は双子を左右に従え、さらに歩をすすめる。
「餓鬼どもを餌にせねば、おれを殺れぬのだ。たかがしれてるってもんだな、ええ?」
副長の十八番の嫌味が炸裂する。低音によるその言葉の攻撃は、相手を一瞬だけ鼻白ませる。
まがりなりにも、帯刀する連中である。これが武士たる者のすべきではないということは、承知しているのであろうか。多少なりとものうしろめたさはあるのか。
「餓鬼どもは無事だ」
「当然だ、馬鹿野郎っ!」
現状を報告しただけで、副長から馬鹿野郎呼ばわりされた男は、さらに鼻白む。よくみると、気の毒なほどぼろぼろの着物と袴を身につけ、身体そのものも灰燼にまみれまくっている。
金で雇われている身の辛いところか。超絶ブラックな職場環境にちがいない。これこそ、コンプライアンス違反だし、労基に駆け込むべきである。
「そいつらはなんだ?」
しばしの間の後、心中で自分自身を一生懸命励ましたであろう男は、口を開く。
そいつらというのは、副長の左右にいる双子のことであることはいうまでもない。
それが時間稼ぎであると確信したのと、「ぱんっ!」と空気を裂く音がしたのが同時である。さらにもう一度、「ぱんっ!」と同様の音が、静かな林に響く。
拳銃か?
副長をみる。その右隣の俊冬が、わずかに腰を落とした姿勢で、ゆっくりと納刀しているところである。
「なんてこった・・・。斬りやがった・・・」
永倉の苦々しいつぶやきが、右耳に飛び込んでくる。
「みえただけでも、すごいと思わねばな・・・」
そして、斎藤の昂ぶったささやきが、左の耳に・・・。
おれには、なんのことかさっぱりわからない。
そのときである。「ぎゃっ!」、とずっと向こうで悲鳴が起こった。それはまるで、尻尾を踏まれた猫の悲鳴のようだ。そちらをみると、お堂のすぐ右横の茂みに、俊春が立っている。しかも、ただ立っているだけではない。俊春は左の三本しかない掌で、自分より大きい男の頸をつかんで軽々と宙にもちあげている。
宙に浮かんだ男の掌から、銃が滑り落ちる。
それは、この幕末売買され、でまわっているミニエー銃にちがいない。
坂本などもそれを買い込み、薩長に流していたはず。
俊春は、宙ずりにした男をおもむろに投げる。まるでマウンド上からボールを放るかのように、男はすごい勢いで茂みの上を飛んでゆく。
「ぎゃあ!」
さらなる悲鳴。飛翔した男は、14、5m先にいる、ちがう男にぶち当たり、同時に吹っ飛ぶ。
「貴様っ!」
さらなる叫び。
お堂のなかからである。同時に、くぐもった悲鳴がおこり、それを発したであろう男たちが外へ飛ばされてくる。
厳密には、お堂のなかから二人の男がふっ飛ばされてきて、二人とも地面に叩きつけられた。
その直後、お堂のなかから俊春が悠然とあらわれた。
ありがたいことに、そのうしろに新撰組の子どもたちがぴったりとより添っている。
みな、ちゃんと自分の脚であるいている。無事である。
しれず、ほっと溜息を漏らしてしまう。