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新撰組(うち)においでよ

 俊春は無言のまま鉄瓶を火鉢に置くと、もともと座っていた位置に戻る。相棒は、まるで介助犬のようにかれによりそっている。


新撰組うちにこい。仕えるもんがいなくなったんだろう?なら、二人とも自由じゃねぇか。なにも隊士にってわけじゃねぇ。餓鬼の時分ころからあっちこっちで密偵をやってたんだろう?いろんなところに義理は返してるはずだ。新撰組うちで、ぶらぶらすりゃいい・・・」


 副長は唐突にもちかけてから、手拭いで鉄瓶の取っ手を掴む。それから、自分の湯呑みに白湯を注ぐ。隣の永倉のをはじめ、周囲に置いてある湯呑みにも同様に注いでゆく。


 いまの一言を告げてから、照れ臭くなったにちがいない。それをごまかす為に、ふだんやらないことをやっている。


 苦笑してしまう。


 それから、副長の恥ずかしい提案を投げられた双子をみる。


 一瞬、二人の相貌かおに、驚きとうれしさとが浮かんだ。が、すぐに兄のほうの表情かおが、悲しみへと変貌する。


「かたじけない。そのように気にかけていただいたのは、生まれてはじめてのこと。だが、そうですな・・・。われらは殺りすぎた。「人斬り半次郎」が弟をしっていたのは、以前、薩摩で務めを果たした際におおくの薩摩藩士を殺ったからです。長州でも同様。それをいうなら、われらはこの日の本のいたるところで、さまざまな務めをこなしています。無論、それは朝廷にしても遜色なく、おおくの公卿の生命いのちを絶ってきました。今後、どちらに転ぼうとも、われらはただではすまぬでしょう。そうなれば、おのおの方に迷惑がかかります」


 俊冬は、そういうと障子のほうへ視線を向ける。

 さきほど、俊春が入ってきたときに開け放たれたままの障子の向こうは、夜の闇がひろがっている。


 俊冬は、自分たちの将来さきを、その闇にみいだしているのだろうか。


 だが、俊冬はふと思いついたように、副長のほうをみる。


「土方殿。なれば弟を、弟を連れていってはくれますまいか?」


 かれは、副長と視線を絡みあわせる。


 アイコンタクトで探り合う二人・・・。


「兄上っ!」


 俊春は、なにかを感じ取ったらし。その悲痛な声音に相棒が反応し、よりいっそう俊春に身を寄せる。


「だめだ。おめぇも一緒だ、俊冬。一人、ひっかぶろうというのか?そんなこと、連中が本気になりゃ、おめぇだけでおさまるもんじゃねぇ。それはおめぇが一番よくわかってるだろうが、ええ?新撰組うちの悪名はおめぇらより、否、隠密なんざ、向こうもうしろぐれぇところがあるから存在するもんであって、向こうも表立ってどうこうしようって気にはならんだろう?かえって新撰組うちのほうが憎まれてる。それに、新撰組うちは過去は問わねぇ。元極道やくざに元同心がくわわったところで、なんら不都合はねぇ。そうだろう?」


 副長は、一方的にまくしたてるとおれたちを順にみる。

 だれもが、苦笑とともに頷く。


「ああ、たしかに。まだ極道やくざと同心なぞ、身元がしっかりしすぎてる。左之、おまえんとこのなにがし、ありゃ墨入りだろう?」

「新八、あいつはうちじゃないぞ。源さんのとこだし、だいいち、ちんけな無銭飲食野郎だ」

「ちんけな無銭飲食野郎でも、まだ残ってるってところが驚きだな」


 永倉と原田の会話を、斎藤がいつものようにさわやかな笑みを浮かべてきいている。


「義理の母親ってのは、丹波出身だったよな?先日、兼定・・の沢庵をわけてもらったときにきいた・・・」

「まってください、副長。あれは、副長ファン。いえ、副長をお慕いする女性より、副長にとお預かりした沢庵です。それに、松茸ごはんもあったでしょう?」


 相棒をやっかむ副長に、そうではないということを念をおしておく。


「山崎、三浦に送らせろ」

「三浦啓之助ですか?あれは・・・」

「副長、あいつはなにもできない上に女好き、しかもろくでなしときています。それこそ、なにかあっても逃げちまう上に送り狼になりかねません」


 林と島田である。

 例の、佐久間象山の息子のことだ。



「ああ、佐久間殿の息子でしたな。気の毒に。佐久間殿は、傲慢すぎたようです。外にも内にも敵がおおすぎた。それは兎も角、そういただけるとありがたい。女子おなごわらべだけの旅は、あまりいただけませぬゆえ。それと、身辺を護るということに関しては、どうかお気遣いなく。義理の母も異母姉も、自身の身は自身で護れます。それに、異母姉に掌をだそうものなら、生命いのちがありませぬ。新陰流の皆伝で、高弟のなかでも敵わぬ者がおります。義母は、宝蔵院流。原田殿、あなたと同門で、印可を授けられています」

「なんだって・・・」


 原田と永倉が、唖然としている。もちろん、おれも。


「婿殿っ!」と叫ぶだけではなかったのだ。あぁもちろん、実際に叫ぶわけはないが。


「よかったですね、原田先生。廊下をあんなに駆けたりして、よくぞ槍で突っつかれなかったことですよ」


 ここぞとばかりに突っ込むと、副長が眉間に皺を寄せてうなる。


「それならば好都合。やつ自身は使えねぇが、新撰組うちの名のつかいどころだけは心得てる。それに、要領がいい」

「そのまま脱走する、と踏まれてるわけですね、副長?」


 それまで無言であった山崎が、副長の真意を悟っているらしい。

 副長は、それに不敵な笑みで応じる。


 まさしく、いい厄介払いということであろう。

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