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誠の事情と誠の想い

「松吉か・・・。いい子だな、あの子は。それに、ものになるであろう。ん?そういや、よく似ていると思っていたが・・・」


 永倉が。指先でごつい顎をかきながら尋ねる。

 

 火鉢のなかで、火が爆ぜた。薄ら寒さもだいぶんとましになった気がする。


「あの子らは、弟の子でなければ異母姉の子でもありませぬ」

「ええ?」


 俊冬の言葉に、おれも含めた何人かが叫ぶ。


「二人とも捨て子です。松吉が弟に似ているのは、たまたまでしょう。申しておきますが、わたしの子でも隠し子でもありませぬ。わたしも弟も、稼業柄、女子おなごとは、ああ、無論、男とも必要以上に懇意にせぬようにしておりますゆえ」

「なんてこった。あの子、あんたにあんなに懐いてるってのに。あの子はしってるのか?」


 原田である。俊春をみている。子ども好きのかれらしい問いであろう。


「気がついているようです。異母姉が、申しておりました・・・。俊春、なにが不満だ?」


 ずっと黙したままの弟に、兄は業を煮やしたようだ。傷跡のある相貌かおを向け、弟に問う。

 弟は視線を畳に落としたまま、唇を噛みしめる。


「子らと義母、異母姉を逃すのはいたしかたありますまい。それは、たしかにそうしたほうが得策・・・」


 俊春は、面を伏せたままつぶやく。それは、自身にいいきかせているかのようにもきこえる。


「なれど、このままでよいのか、兄上?兄上、兄上こそが柳生の本来の当主。せめて、せめて柳生新陰流の当主の座を継ぐべきだ」


 面を上げ、双子の兄の背に訴える弟。


 柳生新陰流の当主の座・・・。柳生藩の藩主などではなく、流派の頂点の座をということか・・・。


 たしかに、大政奉還がなったいま、各藩の藩主も今後どうなるかわからない。柳生家は小藩。石高は一万程度だったと記憶している。どちらかといえば、将軍家剣術指南役としての役職のほうが重きをなしていただろう。それも、いまとなっては無用の長物。

 藩主も剣術指南役も、この後の情勢を考えると、かえって重荷になるだけだろう。


 だが、流派の当主の座となると、意味は異なる。

 

 時代の流れがどうなろうと、武士がいなくなり、腰に刀をぶら下げることができなくなっても、剣術はなくならない。流派の業は、後世に引き継がねばならぬ。


 つぎは、兄が黙る番である。弟を振り返るでもなく、火鉢にを落としている。


「わたしが、わたしが狂っているから、わたしがあんなことをしでかしたばかりに、兄上まで・・・」

「やめろっ」


 兄は、弟の言葉をさえぎる。それぞれの膝の上で握る拳に、力がこもっているのがわかる。それは、双方ともに、である。


「せめて、せめて兄上だけでも戻れるようにと、わたしは兇刃を振るってきた。いつか兄上が、当主として流派を盛り立ててくれるであろうと・・・」


 俊春の握りしめた拳が震えている。その上に、一滴、二滴と涙が落ちてゆく。


「くーん」


 そのとき、相棒がその身を寄せ、俊春の頬の涙を舌でなめはじめた。

 驚きをこえ、呆然としてみつめる。

 皆も同様であろう。


「馬鹿なやつだ・・・」


 俊冬のそのつぶやきは、副長の隠れ家でのことを思いださせてくれた。

「人斬り半次郎」と相対したとき、俊冬、そのときは仙助と呼んでいたが、兎に角、そのときは中村とよんでいた俊春にたいしてそうつぶやいていた。


「体躯が冷えてきた。俊春、鉄瓶で湯を沸かしてもって参れ。兼定を連れてゆき、水をやるのだ。欲している」

「兄上・・・」


 話を中断し、相対することを避けた兄。弟は、さらに拳を握りしめる。


「はやくゆけ」


 一喝され、仕方なしに腰をあげる俊春。


 相棒が、おれをみる。頷いてみせると、音も気配もさせることなく部屋をでてゆこうとする俊春に、ぴたりとくっついてでていった。


 なにもかもが驚きである。


 相棒が、俊春にあそこまで従順であることも含めて・・・。

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