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公儀隠密同心

「噂なりとも、われらのことを、つまり隠密同心なる曖昧な存在をしるおおくが、たいていは勘違いしております。それが幕府や将軍家の為に存在している、と。それは半分あっていて半分間違っております」

「ってことは、帝のってことなのか?」


 さすがは副長である。驚きの表情かおで、俊冬をみる。

 俊冬は、それに無言でうなずいてからつづける。


「帝に仕えておりましたが、和宮かずのみや内親王が将軍家に降嫁されて以降、われらも朝廷と幕府、双方の隠密として務めをはたしてまいりました。京におるのはその為です。朝廷の守護、さらには在京する各藩の動静を探る為・・・。朝廷や幕府にとってなにか不都合なことがあれば、われらが・・・」


 俊冬は、声のトーンを落とす。四本しかない掌を、頸のまえで右から左へと動かす。


「それとはべつに、こたびはさる筋から坂本龍馬を死なせるなと、命を受けております。それが、もともと内偵していた土佐藩や異国の商人と重なったというわけです」

「なら、殺された伊賀者は、芸妓に身をやつし、グラバーにちかづいたというのか?」


 副長の問いに、俊冬はまた無言でうなずく。


 究極の囮捜査である。


 隠密たちは、そのスペシャリストといっても過言ではない。

 正直、自分が恥ずかしくなる。


「ばれたのですか?今井が殺ったのは、ばれたからですか?それとも、邪魔になったからですか?」


 思わず、熱くきいてしまう。せめて、それだけでもしりたい。スペシャリストの死の真相を、是非ともしっておきたい。


「おそらくは、邪魔になったからだと。ばれたとは考えにくい。いま一人の伊賀者は夫であった。そして、われらは四人で行動していた・・・。あの二人が裏切ったのか・・・。だが、あの二人は、坂本のことに関してはしりませんでした。ごくごく内密に、ということでした。ゆえに、われら兄弟で決着かたをつけるつもりでした」


 しばし、俊冬は考える。それも、副長の一言によって中断させられてしまう。


「死人にくちなし、だな。いまさらいってもはじまらん。坂本と中岡の暗殺の黒幕もしかり、だ。そっちはなにか掴んでいるのか、隠密さんよ?」


 最後のところなどは、嫌味ったらしい響きはない。むしろ、探りのプロの力量を讃えているようなものが感じられる。


 俊冬の傷跡のある相貌かおが歪む。それは、なんともいえぬ表情である。


「複数が結託しているようです。それが、すくなくとも二系統・・・」

「幕府。それから、土佐をはじめとしたもろもろ、というわけか?」

「厳密には、幕府の一部と会津。もう一系統は、公家や土佐や薩摩、紀州、そのたもろもろ・・・。無論、そのなかには救おうとしている者もおります。が、邪魔だと感じている数のほうが勝っておりましたようで・・・」

「おれたちがいなけりゃ、おめぇらだけでどうしようとしてたんだ?」


 副長の問いに、俊冬は陰気な笑みを浮かべる。双子の弟をちらりとみ、言葉をつむぎだす。


「実行犯を、皆殺しにしたでしょうな。それから、二人を京から脱出させたかと」


 皆殺し、という言葉にぞっとしてしまう。

 話をもっているとは思えぬ。「狂い犬」と異名のある俊春なら、容易にしてのけそうである。


「でっ、これからどうするつもりだ?これからも、この京で隠密稼業をつづけるのか?」


 副長は、がらりと話題をかえてのける。それを、おれも含めた全員が、さして驚かない。


「われらが仕えていた方々は、どちらもこの世におられませぬ。どちらも、たてつづけに崩御されました。いまの・・・。そうですな。いまの将軍家は、われらなど必要ありますまい。朝廷も同様。犬は犬らしく、野生に戻るだけ。まずは義母や異母姉、それと子どもら・・・・を、義母の郷里に届けようかと」


 おそらく、さきの帝である孝明こうめい天皇と、さきの将軍である徳川家茂のことだろう。孝明天皇の妹が和宮内親王であり、天皇と将軍は義兄弟ということになる。そして、ときをおなじくして二人は亡くなった。


 現代においてもまだ、どちらも暗殺されたという説がある。その真相は、解明されていない。



 それは兎も角、双子の兄弟にかえるべき場所、主はなくなってしまったということなのか・・・。

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