二卵性双生児
「殺られた同心も芸妓も、われらの手下です」
仙助が、語りはじめる。
「二人は夫婦で、それぞれ潜り込んでいました。眠り薬を盛られ・・・」
「それで、おれたちを利用したのか?あいつの鼻を?」
副長が顎でさすのは、廊下側の障子のまえで寝そべっている相棒である。
「すみませぬ・・・。ときがなかったゆえ・・・」
「で、あんたらはどこのだれで、いったい、なにをどうしてるってんだ?」
副長は問う。両掌で湯呑みをつつみこむようにしてもっている。
その副長の声には怒りなど微塵もなく、ただ単純に真実をしりたいという思いがこもっているような気がする。
「公儀隠密同心、柳生俊冬。これは俊春、双子の弟です。死んだ手下は、ともに伊賀者です」
「隠密同心?そんなもんが実在しているなんてな・・・」
副長のいうとおり。そんなものは、後世のフィクションのなかの存在だとばかり思っていた。この時代でもやはり、そんなものは噂程度の存在なのであろう。しかも伊賀者?忍者まで実在していた、と?
「双子?」
原田と永倉は、副長とはちがうところに喰いついた。二人とも、副長の隣に座す仙助、もとい、柳生俊冬、そのうしろに座している中村、もとい、俊春を無遠慮にみくらべている。
「ちっとも似ていないが・・・」
「ああ。双子ってのは、そっくりなもんじゃねぇのか?」
原田と永倉は、俊冬を嘘つき呼ばわりする。
「二卵性双生児というのです。双子でも、まったく似ていない双子がいます」
説明する。いいながら、この時代、一卵性だろうが二卵性だろうが、双子の存在自体が忌み嫌われていたのではないのかと、思いいたる。
「父は、藩主でした。そして、将軍家剣術指南役でもありました」
俊冬のその声音は、父親の華々しい経歴を語るわりには悲しげな響きがこもっている。
「そこに双子、か?」
副長はすでに、将軍家剣術指南役の家に生まれてきた双子の運命を察している。もちろん、おれたちもである。
だれもが、いたたまれぬような表情になる。
「われらは、父から忌み嫌われました。剣術もさせてもらえず、それどころか寝るところ、食事さえも・・・。道場の稽古をこっそりのぞきみし、みつかって蟇肌竹刀でさんざんに打たれたことも、一度や二度ではなかった。ゆえに、屋敷をぬけだし、町の道場をのぞいたりもしました」
俊冬はさらりといってのけているが、それがどれだけ苦難に満ちていたことええあろうか・・・。
おれなどには、到底想像もできない。
「ある年、父は養子を迎えました。後継者として。われらは、父から犬猫の扱いを受けました。それでも、われらは剣術が好きでした。どうしてもやりたかった。この掌、詰めたのではありませぬ」
俊冬は、左掌をひらひらさせる。そこには、指が四本しかない。
おれを含めただれもが、極道を抜ける際に詰めたもの、と思いこんでいた。
「弟は、自身の傷を桜田門の斬りあいでへまをしたと申したはずです。われらのこれは、父に斬り落とされたのです。犬猫には不要、と申されて」
だれかが、うめき声を漏らす。
みな、おなじ気持であろう。
その昔、双子は「畜生腹」と呼ばれて忌み嫌われた。武家に生まれてきた場合、運がよければ片方を他家へ養子にだしたり、まったく縁のないところへ里子にだしたりする。運が悪ければ、生まれてきた直後に殺される。あるいは、死に果てることを前提に捨てられる。
「わたしも弟も、剣術が好きです。いかなることがあろうとも、われらはそれをきわめたかった・・・。弟のところにいるのは・・・」
「中村主人の義母似の・・・」
思わず、かぶせてしまった。ほんとうによく似ているので、ついつい興奮してしまう。
刹那、副長に睨まれてしまった。
「すみません。つづけてください」
小声で謝罪する。
「腹違いの姉と、義理の母でございます。われらは妾腹の子で、義理の母は正妻。義母は、われらによくしてくださった。そして、数名の高弟も、われらに掌を差し伸べてくれたのです。そのお蔭でわれらは生き延び、あまつさえ柳生の業を身につけることができました」
「なんてこった。あれほど可愛い女子、奥方ではなかったのか・・・。そうか・・・」
突如、原田が意味深なことをささやく。
しかも、おつぎは女性の問題である。
絶対に、絶対に原田は両刀だ。両刀にちがいない・・・。
「わが家のことを話せば、きりがありませぬゆえ・・・。兎に角、不行跡ゆえに謹慎中に横死した父のせいで、義母たちはこの京に住まわざるをえず、そこに弟が転がりこんでいるわけです」
転がり込んでいるというのも、任務の為に夫婦のふりをし、町奉行の同心としてである。よくある不出来な息子が実家に転がりこむのとは、わけがちがう。
「さっき「近江屋」で坂本と中岡が殺されたことで務めをはたせなんだ、といったな?隠密同心が、なにゆえ坂本と中岡のことを?そもそも、なにゆえ京にいて、町奉行所の同心やら夜鳴蕎麦屋に扮している」
あいかわらずの副長のストレートな問い。
答えるわけはない。なぜなら、隠密同心だから。
「無論、命じられたからです」
俊冬は、あっさり答える。
「あぁさきほどのは、こたびのわれらの計画を完璧なものとする為、ああ申したまでのこと」
それから、両肩をすくめる。
はは、俊冬はユーモアがある。そして、柔軟で機転が利く。なにより、半端なく強くて頭の回転も速い。
副長の別宅では、体術しかみなかったが、剣もそうとう遣えるはず。
さらには、蕎麦も絶品である。あれは、食べログランキングでいい順位につけるにちがいない。