臨機応変と杓子定規
「ここは古くから所有している屋敷なれど、もうながく放置しております。さあ、奥へ・・・。ああ、兼定も連れていただいて結構です。どうせ、床も畳も埃が積もっておるでしょうから」
草履のまま?、というわけにはさすがにゆかず、一応は草履を脱いでお邪魔した。素足なので、足の裏が黒くなるにちがいない。
相棒の綱も、はずしてやる。
「一部屋、二部屋ならば掃除もできましょう。厨と風呂も同様。しばらくの間なら、仮の住まいとして住めるはずです。いま、弟が布団や火鉢をとりにいっています」
それは、斎藤に向けられた言葉である。そして、仙助のいう弟というのは、中村のことなのであろう。
「食事は、弟のところでされるがよろしかろ・・・」
「斎藤、おまえついてるぞ。うまい飯をたらふく喰える。おまえ、副長の別宅でなにを喰ってた?ええ?」
永倉が仙助の言葉にかぶせ、斎藤を肘でつつきながら尋ねる。
永倉・・・。
小常さんの養育費貯蓄の為の節制による、ストレスなのか?それにしても、食へのこだわり、いや、執着がすごすぎる。
「しなびた葉物を、湯通ししたものです」
斎藤の答えに、全員のあゆみがとまる。
ききちがいかと思い、斎藤をみてしまう。淡い灯火のなか、いつものようにさわやかな笑みを浮かべている。
「しなびた葉物?」
幾人かが声をそろえ、きき返す。
「一度だけ野菜うりがやってきた。そのときに、おおめに買っておいた。それを湯通ししている・・・」
「まて、それはいつだ?」
「高台寺から移って間もないころです、副長」
なんてことだ。臨機応変をしらず、杓子定規な斎藤らしい。というよりか、よくそれで生き延びたものだ・・・。
「おめはん、わだしよりもじぇんこ貯まるなはん」
いろんな意味で感心していると、吉村がなにかいう。
斎藤は、さわやかな笑みのまま一つうなずく。が、なにをいわれたかはわかっていないはず。
「斎藤、許してくれ。しばらくは、うまいものを喰って養生してくれ。いいな?」
副長は、両掌で斎藤の両肩をがっしりと掴むとそういう。その声音がわずかに震えているような気がしたのは、気のせいであろう。
「弟のところで寝泊りしていただいてもいいですが、それは本意ではないでしょうから。せめて、食事だけでもなされるがよろしかろう」
「そうさせていただきましょう」
斎藤は、爽やかな笑みで仙助の申し出に応じる。
その斎藤の態度は、これまでの蕎麦屋の主人に対するようなものではない。
いや、斎藤だけではない。おれたちもまた同様である。
いまの仙助には、風格というか威厳というか、兎に角、副長とはちがう意味での凄味が漂っている。
それをいままで隠していたのである。さすが、としかいいようがない。
中村が自宅からもってきた火鉢で、暖をとれそうである。それでも、だだっぴろい部屋。しかもなんにもなく、襖やら障子も穴が開いていたり破れたりしているので、そこから隙間風が入ってくる。
おれたちは、自然と身を寄せ合うようにして座る。
中村が白湯をふるまってくれた。それが喉をやきながらも心身をあたためてくれる。
そしてやっと落ち着いた。
「屯所から数名の子どもたちが、泊まりにきてくれていました。なんでも、以前、約束していたようで」
中村がいうと、新撰組はいっせいに副長を注目する。
「餓鬼ども、とくに市村や田村が勘付きやがった。なにかやってるってことにな。ゆえに、泊まりにいくよう命じたんだ」
副長は、そういってから両の肩をすくめた。
なるほど、子どもはそういうことには勘がよく働くし、好奇心旺盛である。
とくに新撰組の子どもらのそれらは半端ない。さらには臨機応変であるし、行動力も半端ない。
つまり、なにをしでかすかわかったものではない。
しりたくば、悪知恵とキャラクターを総動員し、行動を起こすにちがいない。
それが新撰組のキッズなのである。
副長には、それがよくわかっている。