いまにもでそう・・・
時代劇にでてくるような、そこそこの家格の屋敷である。
仙助が、家屋の奥へと消える。
奥には闇がひろがっている。そして、湿気とカビのにおいがきつい。そこかしかに埃が積もっていそうだ。日中だったら、もうもうと埃が舞うのがみえたであろうか。
「くしゅん」
やはり・・・。
相棒が、足許でくしゃみをした。全身、天然の毛皮をまとっているので、寒さよりかは埃のせいにちがいない。
「なんかでそうだな・・・」
式台にちかづいたとき、原田のつぶやきがきこえてきた。
「なんだ、主計?」
そちらへと体ごと向いてしまったので、原田が不機嫌そうにきいてくる。
真っ暗な家屋内。さすがに、ここまでは月明かりも星星のささやかな光も届かない。
薄暗闇のなか、原田がおれをみているのが感じられる。
「でそう?よそ様のお屋敷で、それはないでしょう?はやく厠にいってください」
思わず、ささやいてしまう。あまりの静寂に、本能的に声のトーンを落としてしまう。
「餓鬼じゃあるまいし。小便じゃねぇ・・・」
原田もまた、おなじように声のトーンを落としている。
「だったらいったい、なんだというのです?なにがでるのです?」
すこしだけ、声のトーンをあげる。そして、矢継ぎばやに責めたてる。
その瞬間である。おれたちのすぐ横にいる斎藤が、「しっ!」とするどく制した。
「あの柱の蔭に、何者かがいた。白いものがみえた」
そして、指先であろう。それが家屋の奥の、さらなる暗がりを指さす。
「おれもみた。ありゃぁ、たしかに白いもんだった」
さらに、永倉の緊張を含んだ声がいう。
「すわっ!敵か」
その言葉が、脳裏に浮かぶ。が、そんな時代劇チックなことをいっても、だれも笑ってくれそうな雰囲気ではない。ゆえに、「何者でしょう?」というにとどめる。
が、原田の反応は、おれとはちがった。
「ひーーーーーーー!」
か細い、まるで女性か、あるいはおねぇ、ああ、あのおねぇではなくリアルおねぇのことだが、兎に角、原田はそんな女っぽい悲鳴を発っしたかと思うと、すぐうしろにいるでかい図体の島田、もしくは林に抱きついた。
「組長、ちょっ・・・やめてください」
その拒否の叫びで、抱きつかれたのが林だと判明した。
げらげらと笑いだす、斎藤と永倉。
「てめえらっ、緊張感ってもんがねぇのか、ええ?」
そうたしなめる副長の声も、笑いが混じっている。
「くそっ!やりやがったな、斎藤っ、新八っ!こなくそっ、おぼえてやがれ!」
涙声で訴える原田。ようやく、林から離れたようである。
「こいつは、幽霊が苦手なんだよ」
副長が教えてくれた。そして、思いっきり笑う。
緊張感がないのは、副長もおなじじゃないか・・・。
そういいかけ、やめておく。
奥から、仙助があらわれた。
掌に、蝋燭をもっている。
これで、原田も安心できるであろう。