大団円と寂れた屋敷
「われらは、務めを果たせなんだ。坂本と中岡を救えなんだ。もうしまいだ。もう、おわったのだ。退けい、俊春」
仙助は、掌をひらめかせる。その視線は、佐々木から副長へとうつる。
「なにをしておる、佐々木殿?もう間もなく、番所から同心が駆けつける。そして、土佐藩も・・・。それとも、狂い犬に喰い殺されたいと申すか?」
佐々木の瞳がおよぐ。逡巡している。が、たとえ天地がひっくり返ろうと、あるいはどこぞの神が降臨しようと、もはやこの状況でどうにかできることはない。
ゆえに、佐々木にできることはたった一つしかないはず。
「退くぞ」
その一言を、見廻組の隊士たちは心まちにしていたのであろう。
桂が今井を、ちがう一人が失神したままの隊士をそれぞれ抱え、そそくさと去ってゆく。
坂本と中岡を殺害した犯人は、これで舞台から姿を消した。
そして、新撰組もまた、長居は無用。
裏口から退散する。
それをみ届けてから、「近江屋」の主が土佐藩邸へとしらせにはしる。
副長の別宅は使えなくなっているし、かといって屯所に戻るわけにもゆかぬ。しかも、副長の別宅に身を潜めている斎藤は、隠れる場所もなくなってしまった。
仙助が、というよりかはいまや謎の人物でしかないが、兎に角、自宅を提供してくれるという。
きっと、妻子がいるというのも偽りにちがいない。
小六と鳶が、現場に残ってくれる。かれらはたまたま居合わせたといい、番所からやってくる同心や土佐藩邸からやってくる土佐藩士たちの対応をうまくやってくれるであろう。
仙助の家は、中村、これもまた謎の人物でしかないが、兎に角、中村の家のすぐちかくである。
家というにはおこがましい。屋敷、である。だが、まるでもう何年も人が住んでいない、そんな退廃的なものが感じられる。
ここに、一人で住んでいるのであろうか。だとしたら、万が一にも孤独死でもしようものなら悲惨であろう。なかなかみつけてもらえないはずだから。
孤独死し、発見されるのがおくれればおくれるほど、遺体の状態はどんでもないことになる。
現代でその後始末を業者に頼めば、かなりの額になる。
立派な門である。おれたちはそこから入ったが、もちろん、そこに灯火はない。潜戸をつかった。
門から建物まで、ゆうに10mはありそうである。夜の帳がおりているとはいえ、とくになにかみえるわけではない。たとえば、盆栽とか信楽焼きの狸さん、とか。
正面に、おおきな母屋がある。そして、左右にひろがる庭には木々が、それぞれ闇のなかにぼーっと浮かび上がっている。
「ポチャン」「バシャッ」と、闇の奥のほうからきこえてくる。それは、静寂のうちにあって、耳に痛いほど響く。
池でもあるのであろうか。そこに鯉がいて、跳ねているのかもしれない。
おれたちはその静寂にどっぷりつかったまま、しずしずと脚を運ぶ。