剣術ショーへようこそ
「いま一度尋ねる。手下を殺ったのは、だれの指図だ?」
「手下?なんのことだ・・・」
佐々木は、ようやく中村の問いにたいするリアクションを起こす。その表情には、困惑がありありと浮かんでいる。
嘘はついていない。マジでしらないっぽい。それどころか、中村のいっていることがさっぱりわかっていないっぽい。
「ならば、今井殿。貴公が、勝手にやったことか?貴公が眠り薬を用いて眠らせ、その後に殺ったのは、だれの指図だ?」
今井が握りつぶそうとしている、中村の腕。中村は、なにも感じていないのか?腕の血流がとまって色がかわっているのが、淡い灯火のなかでもはっきりとわかる。
中村の三本の指に、じょじょに力が入ってゆく。
今井は、気道を塞がれ肺に酸素を送ることができない。中村の腕を握っている両掌も、いまでは土間に力なくたれている。
そして、中村の指が五本あるほうの掌もまた、佐々木の小太刀を握る力を強めてゆく。いや、そちらのほうが、はるかに力がこめられているにちがいない。
そのとき、ありえないことが起きた。
なんの前触れもなく、小太刀がポキリと折れたのである。中村の掌のなかで、それはいとも簡単に折れてしまったかのようにうかがえる。
「ひー」
佐々木は無様な悲鳴を発しつつ、うしろへよろめく。
気持ちはわかる。おれだって叫びたい。
今井をみると、かなりやばい状態である。
刹那、これまで存在感の薄かった桂が、突きをはなった。
だが、太刀を振り翳す余裕はなく、間合いをとることもできなかった。
太刀を、そのまま小太刀のごとく突く。その狙いは、片膝立ちしている中村の眉間であろう。
金属どうしがぶつかりあう。「かちんっ」という音と同時に、火花が散る。
そしてまた、全員が目の当たりにする。
もはや、敵も味方もない。
全員の口が、開いたままになている。もちろん、おれのもである。
桂のはなった強烈な突き。その繰りだされた剣先を、中村は折れた小太刀の峰で受けとめている。
正確には、剣先を上に垂直に立てた峰側である。
そこは、どんなに厚くても7、8ミリの幅しかない。
もはや、ショーである。
中村による、剣術ショーとしかいいようがない。
剣術の達人だろうがなんだろうが、世界でもっとも精巧といわれている刀を素手で折ったり、相手の渾身の一撃を、わずか7、8ミリの幅しかない峰で受けとめたりということが、できるはずがない。
あるとしたら、それは漫画や映画や小説の世界である。あるいは、それだけを目的に訓練しているか。
開いた口がふさがらない、とはまさしくこのことであろう。
みながみな、口をあんぐり開けている様は、滑稽を通り越し、ギャグでしかない。
「あ?なにやってんだ?」
そのとき、階段上から原田の声が降ってきた。
かれが事件現場の確認をいったことを、すっかり忘れていた。