旗本のぼっちゃん
中村のほうがさきである。神速で間を詰めると、今井ともう一人のがら空きになった咽喉を掌で握っている。
そう。それはまさしく、つかんでいるようにみえる。
「がっ」
二人の口から、息が詰まったような音が漏れる。
そして、中村は、二人の頸をつかんだまま地面に片膝つく。
二人は、背中から勢いよく地面に叩きつけられる。その衝撃で、肺から残りの空気が吐きだされる。
今井はうめいているが、もう一人は反応がない。
おれたち全員がみ護るなか、中村は片膝立ちの姿勢で大の男二人を冷たい地面におさえつけたまま、ゆっくりと息を吐きだしている。肺の底から吐きだしているような、そんな長さと深さに感じられる。
「おそすぎるぞ、旗本のぼっちゃんども・・・」
相手にというよりかは、口中で独り言をいっているかのようだ。
残る二人は構えをわずかにとき、たがいの相貌をみあわせている。それから、かれら自身の隊長である佐々木に視線を向ける。
二人の四つの瞳に、動揺が濃くあらわれている。
いまのかれらに、坂本と中岡を闇討ちした達成感など微塵も残っていないはず。
「まてっ、まってくれ。なにゆえ、なにゆえここに?なにゆえ貴公が・・・」
佐々木の態度が一変している。心底、信じられない、信じたくないというオーラがでまくっている。がっしりとした体をできるだけちいさくし、おもねりだす。
かれは、幕府の要人にもこうしておもねりまくってきたのであろうか。
その結果、京で旗本の子弟を中心にした見廻組の責任者というポジションを任されるにいたったのかもしれない。
「案ずるな、こちらは気を失うておるだけだ。ぼっちゃん、動くなよ。わたしの三本の指は、其許の喉仏を確実に潰す。ゆえに、どうかそうさせないでくれ」
「・・・」
今井は喉をおさえつけられ、相貌を天井に向け、瞳だけを中村に向けている。
自分がなにをしたのか。あるいは、しようとしたのか。その結果、どうなったのか。まだわかっていないようである。理解できていない。
いや、したくないのかもしれない。
「柳生殿、きいておるのか?」
佐々木が、無視しまくられてきれた。その呼び名に、つぎは新撰組がたがいに相貌をみあわせてしまう。
柳生殿・・・。これはどう考えても、柳生家の者を呼ぶときの呼称である。柳生流や柳生藩の高弟や家中の者を呼ぶそれではない。
おれは副長と視線をあわせていたが、おれの傍らにいる仙助にそれを向け、アイコンタクトで問う。
どうなっているのか?どういうことなのか?
この場にいる者で真実をしる者がいるとしたら、それは一人である。
そう、仙助だ。
そう確信している。