見廻組と新撰組
おれたちは、裏口で待機している山崎と合流した。山崎は、逃げたと思わせそのまま裏口に潜んでいた。
おれたちは、そのまま宅内になだれこむ。途中、居間から島田と吉村がでてきた。山崎がかれらと交代し、家人の護衛にあたる。
裏口から捕縛に駆けつけた別働隊のような雰囲気をしれっと装い、表玄関へと向かう。
「新撰組が、なにようだ?邪魔だ、どけいっ!」
表玄関には、すでに副長を筆頭に新撰組が躍りこんでいる。林は、見張りをしていたであろう見廻組の隊士二名の襟首をそれぞれの掌につかんでいる。
永倉と斎藤もいる。斎藤は、新撰組の隊士の役をしれっと演じている。
見廻組に、斎藤の内情をしる者などいない。いまだ三番組の組長としてのイメージが、強いであろう。
「佐々木殿。この店の家人が、番所にむかっているところにちょうどでくわせてな。あまりの慌てように事情をきいたら、なんと、武士の集団が襲ってきたというじゃねぇか。しかも、「近江屋」っていいやがる。坂本龍馬の潜伏先に武士の集団がってことで、すぐに駆けつけてみりゃぁどうだい、ええ?」
副長は、いっきにまくしたてると鼻で笑う。
「土方っ、貴様らには関係のないことだ」
あれが佐々木であろう。恰幅のいい男が、居丈高にいいかえす。
エラソーである。その表情は、副長を、さらには新撰組をみくだしている。
「やかましいっ!」
でたっ!「鬼の副長」の大喝。これを喰らえば、地獄の閻魔様だってひくにちがいない。
佐々木を筆頭に、見廻組の連中がそれに怯む。
今井もいる。佐々木の蔭に、隠れている。
「坂本を殺ったのか?おいっ、裏はどうだった?」
「奥は、家人だけです。裏にはだれもおりません」
副長の問いに、島田がしれっと応じる。
「原田っ、上だ。上をみてこい。おい、なにがあっても掌を触れるんじゃねぇぞ」
「承知っ!」
副長の命を受け、原田の長身が階段上へひらりと舞う。
あれが原田の鞘だということを、見廻組の連中はしらないのだろうか。あるいは、失念してしまっているのか。副長が嫌味のように命じたが、だれも反応しない。
「うわっ!こりゃひでぇ・・・。副長、坂本かだれだかわからねぇが、二人、斬り刻まれてる」
ややあって、階上から原田の驚きの声が降ってくる。
「佐々木殿、坂本の捕縛の命は解かれたはずだ。以降、新撰組は、幕府のさる筋から「坂本には掌をだすな。不穏な噂があるゆえ、できうるかぎり守護せよ」、と命じられている。それをあんたら、なんてことをしてくれやがったんだ・・・」
そのほとんどがはったりである。この際、これは必要なことだと思う。
その後に訪れた静寂は、見廻組の連中にとっては痛すぎるにちがいない。
「だれだっ」
そのタイミングで、斎藤が誰何する。
玄関先に、人の気配がしたのである。
「新撰組のしらせで参った。拙者、東町奉行番方筆頭同心中村兵衛」
木戸の向こうの灯火の光の届かぬ暗がりに、黒の紋付袴姿の中村が現れた。
「やっときてくれたか、筆頭同心みずから・・・」
副長も驚いたのであろう。最後のほうは、疑問形であった。
中村は最初に名乗ったとき、同心としかいわなかった。
筆頭同心などという、そんなお偉いさんだったとは・・・。
「上で殺しがあった。下手人は、ここにいる」
「ほう・・・」
副長の説明につづき、中村が灯りのなかにその姿をさらす。
それを目の当たりにした見廻組の何名かが、なにゆえか息を呑んだ。静寂のなか、それをはっきりと感じた。