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「マリオネット」

「才谷っ!」


 あらたな刺客たちの気配を察した中岡が、坂本を変名で呼ぶ。だが、それは刺客たちの殺気と兇刃を振るう音とにかき消されてしまう。


 暗殺者たちは、この暗闇にが慣れてきたようだ。その証拠に、たがいの身がぶつからぬよう間をとりつつ、確実に獲物をとらえている。なす術もなく、無抵抗のまま斬られ、刺し突かれる二体。

 しばし、残虐な行為に心身をゆだねる暗殺者たち・・・。


 哀れな獲物は、畳の上に伏している。それでもまだ、無心に行為を繰り返す。


「もうよいっ!もうよい」


 だれかがいった。

 同時に、殺気と狂気が消え去った。衣擦れの音も・・・。


 うめき声が、一つのうめき声が、闇のなかを手探りではってゆく。

 

 不意に、一つの影が動いた。間髪をいれず、部屋のどこかでこつんと小気味よい音が響く。


 例の原田の鞘を投げ捨てた音だということを、おれはしっている。


 暗殺者たちは、身を翻すと去っていった。

 沈黙と、血みどろの肉塊を残して。


 ばたばたと階段を駆け下りる音・・・。

 もうここには戻ってこないと判断し、押入れの戸をゆっくりと開ける。


 燭台に、灯りが戻っている。灯心の淡い光でも、薄暗闇になれたおれのには、くらくらするほどの光源に感じられる。

 思わず、掌を眼前にかかげてしまう。


「主計、おまえのいうとおりだったな。あの小太刀遣い、見事なもんだ。くそったれの佐々木以上の腕だぜ、きっと」


 が淡い光になれた時分ころ、声のするほうへとそれを向ける。原田が、自分の刀の鞘をひらひらさせながら二つの遺体をみおろしている。

 仙助が、それとは反対側で片膝立ちになって遺体に掌を合わせている。


 原田は伊予の出身である。土佐言葉をある程度解しているし、話すこともできる。


 原田が、坂本と中岡の役をやった。

 厳密には、坂本の台詞を、床の間に設えてある隠し部屋からアフレコしたのだ。


 そして、暗闇のなか、ダミーの遺体をさも生きているかのように操ったのが仙助である。

 

 仙助は、真っ暗闇でもわかるというのだ。そして、実際、わかっていた。

 そこに、おれがことこまかに暗殺再現VTRの模様を語ってきかせた。入念に打ち合わせ、幾度もリハーサルを重ねた。


 暗殺者たちは、部屋のうちに仙助がいたことに気づくことはなかった。


 桂は、坂本と中岡の背をちらりとみただけで頭をさげたであろう。その背の向こう側に、まさか何者かが潜んでいるなど、夢にも思わなかったはず。しかも、その者は、いっさいの気配をさせることはない。


 さらに踊りこんできた暗殺者たち。この後の攻撃までは、再現VTRもさすがに確実ではない。確実にちかいのは、坂本の頭への一撃だけである。


 夜目のきく仙助が、さも遺体が切り刻まれたかのようにうまく立ち回ってくれた。

 

 興奮と使命感に酔いしれた暗殺者たちは、まんまとだまされたわけだ。


「仙助さん、お怪我はありませんか?」


 尋ねると、仙助は遺体を拝むのをやめ、身軽に立ち上がる。

 それから、おれと視線をあわせ、無言でうなずく。


「原田先生、それは遺留品です。いまさら必要ないでしょう?」


 仙助にうなずきかえしてから、原田にそういってやる。


「おう、そうだな。この鞘が、原田左之助が坂本龍馬と中岡慎太郎を殺ったっていう証拠になるんだからな」


 原田はそういうと、ふんっと鼻を鳴らす。


「さあ、まだ仕事は残っています。参りましょう」


 かれをうながす。まだ、仕事は残っているのである。


 おれたちは、廊下をはさんだ向こうの部屋の窓から、梯子をつかって庭へとおりる。


 そして、この史上最大の作戦のフィニッシュへと向かう。


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