坂本龍馬
島原大門を抜けると色町である。
これも現代とおなじだ。
内心ほっとする。
本来なら、おれのところに残っているほうが可能性が低いというのに。
兎に角、門をくぐるとそこは色町だ。
大門の外側、それから、大門を入ったすぐのところにも茶屋がある。
「外は、入る客に編み笠を貸す為の編み笠茶屋。なかのは揚屋まで送っていくのをまたせる、出口の茶屋という」
山崎が説明してくれる。
残念ながら、現代に茶屋は残っていない。
幾人かの男が、山崎に目礼をよこす。茶屋の若党のようだ。
さすがは新撰組の監察方。顔がきくのであろう。
「ここ、犬は大丈夫なんですか?」
野良犬すら、ここではご法度っぽい雰囲気である。
さすがにここは、宵っ張りでも人通りがある。
やっと町らしさを感じることができ、ほっとする。
現代は、コンビニや牛丼屋など夜中も営業している店がある。ここには、当然それらはない。
店の灯火や人間がいるというだけでほっとするのは、おれだけではないはずだ。
「綱で繋いでいるし、わたしがいる」
山崎は、さりげなく周囲をみまわしながら答える。
綱、のところより、むしろわたし、の存在がおおきいのであろう。
「さっきの問いだがな・・・」
山崎は、つづける。
一瞬、なんの問いだか思いだせなかった。
「武田先生に、馴染みの芸妓がいるとはきいていない。すくなくとも、先生がいれ込んでいる、あるいはいれ込まれているという話はきいていない。そんな話があるとすれば、むしろ島原ではなく、宮川町のほうであろう」
その説明に、しばらく考えこんでしまう。
「武田さんは、ゲイなんですか?」
やっと気がついた。そして、きき返してしまう。
「なんだって?」
町人っぽい格好と相貌の山崎は、瞳を細めてさらに周囲を警戒し、声量を落とす。
ほとんど囁き声である。
「あぁいえ、女子よりその・・・」
いい澱むおれのかわりに、山崎はきっぱりと答える。
「そうだ。先生は、衆道である。新撰組では、それを隠そうともせず、おおっぴらに隊士に手をつけるものだから、一時期は局長や副長も手を焼いたものだ。参謀もそうだがな・・・。ああ、元参謀か・・・。主計、おもえも見目はいいから、両者に気に入られたはずだ。よかったな」
山崎は、そこでにやりと笑う。
ええ、ほんとうによかった。心から同意する。
元参謀にして、元御陵衛士の代表たる伊東甲子太郎が男を好むというのは、創作かカモフラージュかと思っていた。
かれは、江戸に妻子がいる。妻は伊東道場の道場主の娘で、その娘と一緒になって道場を継いだと記憶している。
あぁでは、道場を継ぐ為の偽装結婚だったのか?
そちらのほうが、カモフラージュなのか・・・。
武田にいたっては、そっちのことはしらなかった。
「気をつけろ」
不意にそう囁いてきた山崎の警告と、立ち並ぶ店の狭い路地からなにかがでてきたのが同時であった。
「驚きちゅう、すみやーせんね」
そのなにかは、人間である。
相棒が戻ってきて、おれの左うしろにぴたりと体をよせている。
総髪で、ずいぶんとおおきな男である。み上げるほどの背丈、立派な肩幅。
その男を上から下までガン見したとき、心底驚いた。
この男のことも、写真でみている。懐手に格好をつけたその写真は、副長の洋装姿の写真より、おおくみられているはずだ。
坂本龍馬。幕末のことをよくしらない者でも、一度はこの名前をきいたことがある超有名人である。