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刺客 参上!

 十二月十日、旧暦では十一月十五日。この日は、坂本龍馬の誕生日でもある。


 坂本は、誕生日に暗殺された。


 ドンッ!ドンッ!


「近江屋」の木戸を叩く音が、静寂満ちる二階に響く。


 懐から懐中時計をとりだす。押入れの引き戸から漏れてくる光で、長針が6を、短針は8をさしている。


 史実どおりである。ただ、すでに史実とちがっていることもある。

 

 坂本に頼まれ、峰吉が軍鶏を買いにゆくはずであった。

 だが、現実には「近江屋」のちかくにある鳥屋は、暮れ六ツ半、つまり午後7時には店じまいしている。

 当然である。この時分ころ、夕飯の時刻自体がその時分ころなのだ。


 現代のかしわ屋、西のほうでは鶏肉をかしわと呼ぶのである。ゆえに、それをうっている店をかしわ屋という。

 それは兎も角、現代でもそういう店は午後7時くらいまでには店じまいするだろう。

 ただ、鳥鍋の店はやっている。そこから仕入れる手もある。あいにく、ここから一番ちかい店は水炊きの老舗で、そこは夜に子どもが使いにゆけるような距離ではない。


 ゆえに、それは省くことにした。


 さらには、暗殺者たちが「近江屋」にやってきたとき、家人は夕飯中だったとも眠っていたともいう。犯行時刻が、午後8時と午後9時とにわかれているからである。だが、とりあえずはそれらも省いた。いずれの時刻をとったとしても、「近江屋」の夕飯は店じまいしたすぐあとで、どれだけおそくなっても午後7時をまわることはないという。そして、どちらの時刻であっても、まだ眠ってしまうということはないらしい。たいていは、風呂に入ったり、茶をすすりながら店の収支について話をしたりしているらしい。

 

 今宵は、不測の事態に備え、茶の間で着物のまま待機してもらっている。

 そして、家人の護衛として、林と吉村がついてくれている。

 この二人に任せておけば、とりあえずは家人の心配はしなくてすむ。


「こないな夜半になんでっか?」


 藤吉の役は、山崎である。体格はまったくちがうが、暗殺者たちが自分たちの対応を藤吉がすることをしっているわけではない。それよりも、京や大坂の言葉をよどみなくつかえる者であることのほうが大切である。しかも、山崎は、監察方として商家に潜入したり装ったりという経験が豊富だ。

 灯りのとぼしい店先で、山崎が新撰組の監察方とばれる心配もすくない。


 山崎は、木戸のつっかえ棒をはずしたであろう。木戸の開いた音につづき、人の気配が感じられる。


 そのタイミングで、山崎は店先にいる番犬役、これはそのものずばり相棒に合図を送ったであろう。


 するどいうなり声が、家屋内の空気を震わせる。


 相棒には、吠えるなと命じてある。この時刻、ご近所も静かである。向かいにある土佐藩邸にまで、響き渡らないともかぎらない。いや、そこまで響き渡らなくても、周囲に潜む密偵やら見張りやらにきこえてしまう。

 ゆえに、うなり声にとどまらせているのだ。


「いったいなんでっか?そないに大勢で?」


 相棒のうなり声にまじり、山崎の不審げな問いがきこえてくる。

 それに、なにやら不明瞭な声がつづく。


 おそらく、暗殺者の一人が「十津川郷士だ。坂本先生に会わせてほしい」といいながら、名刺代わりの手札を差しだしたであろう。


「坂本先生?お客はんと話をしてはります。大勢でおしかけてきて・・・。ほんま、今宵はお客はんがおおてかなわん・・・」

「客?われらもだ」


 身勝手な怒鳴り声。それに呼応し、相棒のうなり声がさらにするどくなる。


「な、なんだこの・・・狼?みたいなのは?」


 複数の驚きの声。


 相棒は、いわれのない狼疑惑に気を害したのか、うなり声をマックスにする。


「すんまへんな。うちの主人は、はいからなもんが好きで・・・。こいつは、どっかの国の犬ですわ。忠実な番犬で、人間ひとでもなんでも喰い殺すらしいでっから、ちかよらんほうがええでっせ」


 山崎のよどみのない説明に、招かざる客たちの間から不平の声があがる。


「まっとってくんなはれ。きいてきますわ」


 山崎の声につづき、階段の踏み板を踏む音が・・・。


 本来、ここにいるはずだった藤吉は、このタイミングで暗殺者たちに背後から襲われる。

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