偽の死体(ダミー)
二つの遺体は、つい最近京の町でみつかった遺体である。
どちらも男性。おそらくは、病か飢えでゆき倒れたのであろう。
一人は、この時代の体格にすればおおきい。もちろん、坂本ほどではないが。
この時期、夏ほどではないが遺体がいたんできている。
かいだことのある、死臭。
これだけは、いくら嗅いでもなれることはない。
陸奥や坂本の甥っ子の高松太郎が、「近江屋」に坂本の着物や袴、軍靴を置いていってくれた。着物には、坂本家の家紋である「組あわせ角に桔梗紋」が入っている。そして、中岡も普段よく着ている着物を置いてくれた。
二つの遺体の相貌を潰したのは、中村と仙助らしい。こういう細工が得意な山崎ですら、今回は躊躇したという。土佐藩の連中に調べられても、見破られぬようにしなければならない。ただ刃物で切り刻むだけではない。それはそれで、技術がいるのである。
せまい庭の片隅に敷かれた筵の上に並んだ「人間」だったもの。そのまえで、両膝を折る。
掌をあわせ、冥福を祈るとともに謝罪する。
かれらの遺体があったればこそ、坂本・中岡の両名がその生命をつなぐことができるかもしれない。
とはいえ、死者を弄ぶのは人道的にもどうかと思わざるをえない。だが、そうしないと、実際に人間を斬らせないと、あるいは遺体を目の当たりにさせないと、おおくの関係者をだましおおせることはできないだであろう。
相貌にかけられた白い布を、指先でつまむ。すこしだけもちあげる。正直、気持ちのいいものではない。それ以上に、罪悪感がある。
夜の帳と、猛烈な冷気がおりたちいさな庭。おれの隣でお座りしている相棒の息遣いが、小気味よく耳ををうつ。
完璧である。
どこかの部族が、戦いでうち負ませた相手の頭やら顔やらを剥いでしまったかのようである。
この二つの遺体の相貌は、もはや何者とも判断できないはず。というよりかは、相貌そのものがなくなっている。
これなら、身内ですら判別できないであろう。
もちろん、身内が検分することはない。それも見越してのことである。
白い布をもとに戻すと、もう一度掌をあわせる。偽善、という言葉が頭をよぎる。が、そうせずにはいられない。
両瞳を閉じたまま、思いは遺体から生きている者へとうつる。
中村と仙助へ・・・。
どちらも、同心でもなければ元極道の夜鳴き蕎麦屋、などではぜったいにない。
「馬鹿なやつ・・・」
仙助は、おそらく無意識だったのであろう。副長の隠れ家で襲われた際、中村にたいしてそうつぶやいた。
二人の正体はいったい・・・。
そのとき、相棒の鼻がおれの掌をつついた。
そのタイミングで、おれを呼ぶ声が夜の寒さに滲む。
瞼を開け、立ち上がりながら遺体に謝罪と感謝をする。
「ゆくぞ、相棒」
二度と、振り返らなかった。