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世紀のぺてん

 残念ながら、現代にこの「近江屋」は残っていない。

 ここは、約150年先には廻る寿司のチェーン店になっている。その店のまえには、ここがそうとわかるよう案内の札が立っている。

 その立て札をみる為に、坂本龍馬ファンでもファンでなくても、おおくの人々が訪れて撮影する。そして、ほぼ80%の確立で、せっかくだから寿司でもつまんでゆこうと廻る寿司を堪能するであろう。


 井口家も存続する。末裔の一人は、検察官や裁判官も務める法律家である。


 主人一家は、裏の土蔵にでも隠れていろという、われわれの再三に渡る説得に応じなかった。「われわれが護ってくれるのだから、どうということはない」といって・・・。


 信じてくれるのはありがたいが、われわれが護りきれる確証はない。それでも主人や奥方は、普段どおりの生活をするといってくれた。


 全員が持ち場に散ろうとしたところで、鳶が最後の報告にきた。かれと小六は、外で見張りをしているのである。必要に応じて報告、追跡、とそれぞれの判断でおこなうことになっている。


 副長は、目明しでも古参のこの二人を高くかっている。ゆえに、二人に重大な役割を全面的に任せている。

 二人に任せているのは、それだけではない。副長も含めた全員になにかあった場合、鳶と小六だけはなんとしてでも生き残り、逃れてすべてを局長に伝えることになっている。その後の対処法も含めて。

 さすがは副長である。万事に余念がない。


「見廻組の隊士はんらが隠れて機をうかがっております。数は七名。佐々木様と今井様がいらっしゃいます」


 鳶は、そう報告すると裏口から姿を消した。


 副長がこちらをみる。同時に、全員がこちらに注目する。

 無言でうなづく。

 

 この後、蝦夷での戦いもおわってから、今井は新政府軍にこのときのことを証言する。


 実行犯は、七名。佐々木に今井、渡辺吉太郎わたなべきちたろう桂早之助かつらはやのすけ高橋安次郎たかはしやすじろう土肥仲蔵といちゅうぞう桜井大三郎さくらいだいさぶろうである。そのなかで、はっきりと覚えているのは桂のみ。残りは、山崎が調べた見廻組の名簿をみせてもらい、うろ覚えの記憶から断定した。

 だが、じつは上記以外にもいた。渡辺篤わたなべあつしという男である。ああ、これは「建ものO訪」やTVCMのナレーターなどでおなじみのタレントではない。たしか、ご本人は「篤史」だったかと思う。

 それは兎も角、見廻組の渡辺篤は明治期に自供している。


 じつは、今井が供述した者のほとんどが、この後に起こる鳥羽・伏見の戦いで戦死している。自供は、まだその罪を断罪されるべき時期であった。おそらく、今井は生存者ではなく死者の名を並べることで、存命の者が罪過を問われぬよう機転をきかせたのではないだろうか。

 明治30年か31年か、今井は再度このときのことを語るが、そのときは実行犯の人数が減る。

 そして、渡辺とのそれとも喰いちがっている。もちろん、記憶ちがいもあるかもしれないが。


 桂を覚えていたのは、桂が坂本を斬った男だからである。かれ自身の脇差「越後守包貞えちごのかみかねさた」で。

 そして、それは文字通り兇刃である。

 現代では、「霊山歴史博物館」でその脇差をみることができる。


 それは兎も角、人数においても実際の実行犯の名についても、あいまいなことは確かである。だが、いまの鳶の報告では、七名という人数だけは合致している。


 副長は、おれの無言のうなずきにうなずきで返してくる。それから、あらためて全員をみまわす。

 永倉や原田ですら、緊張しているらしい。かれらから緊張感が伝わってくる。


「いまの世と、後の世をぺてんにかける。いいな、おめぇら」


 副長の大胆かつユーモアたっぷりの宣言。みな、口許をゆるめつつもしっかりとうなずいて了承した。

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