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東西の味付けの違いと新撰組の悪評

「うまかったな」

「ああ、たらふく喰った。これでもう思い残すことはねぇな」


 永倉と原田である。その横で、二人の片腕ともいうべき島田と林が、どでかい顔をうんうんと上下させている。


「ご内儀、まことにうまかった。東の味付けにまでしてもらって、心から堪能できた」


 副長である。女性には、とくに丁寧になる。


「ああ、何年いても京の薄味にはなれねぇよな。おまさに、もっと濃くしてくれって頼んでるんだが。実際、濃くしてくれているんだろうが、なんかもの足りねぇんだよな」

「うちもそうだぜ、左之。小常のやつ、「お醤油は貴重です」なんていって、色がつくかつかねぇかだ」


 永倉も原田も口ではそういいつつ、その相貌かおには笑みが浮かんでいる。


 ただのおのろけである。後片付けをしてくれている「近江屋」の奥方と視線をあわせ、思わず笑ってしまう。


「お口にあってよかったどす。土佐の方々も、わりかし濃いめの味付けを好みはります」


 奥方は、そういってからひかえめに笑う。


 土佐藩がすぐまえにあるので、「近江屋ここ」が御用達であるのは当然のこと。そういうことから、坂本をかくまったのであろう。


 新撰組は、「池田屋」の騒動で土佐藩の者を、というよりかは坂本の旧知を斬っている。もともとここでは評判の悪い新撰組である。坂本がその話をするわけはないであろうが、海援隊の隊士が話したかもしれない。

「近江屋」の人たちが、こんなに親切にしてくれるとは・・・。


 正直、意外である。


「なにからなにまで申し訳ない。とてもうまかった。ここにいるのは、新撰組うちでも大食漢ばかり。驚かれたことでしょう」


 副長が、「近江屋」の主人に話している。すると、主人は快活に笑う。


「うちは、わてらと使用人でほとんどが年寄りばかりです。そこに、坂本先生らがやってきはって、その食べっぷりに心底驚きました。藤吉などは、さすがは元相撲取りでんな。米を炊きなおさなあきまへんでした」


 その藤吉も、今夜死ぬことになっている。ゆえに、坂本と中岡とともに去ってもらった。


「近江屋」の主人は、不意に黙りこむ。それから、無言のまま厨の上がり框に腰をおろしている副長にちかづく。


「副長はん。わたしらが新撰組をよく思うてないことは、おわかりでんな?」


 副長は、そのストレートな告白に苦笑いしながらうなづく。


「わたしらは、坂本先生が大好きどす。土佐藩やありまへん」

 

それはほとんどささやき声だったので、談笑していた永倉らもそれをやめ、「近江屋」の主人に注目する。


「わたしらは、武家のことや政のことはようわかりまへん。なにがおこっとるのか、おころうとしてるのかも。せやけど、これだけはわかってます。坂本先生が殺されるはずのところを、副長はんらが助けてくれはる。土佐藩やありまへん、副長はんらや・・・。わたしらは、坂本先生が助かるんやったら、なんでもします。どうとでもつこうてくれなはれ・・・」


「近江屋」の主人は、そこまでいっきに告げ、副長にふかぶかと頭をさげる。その奥方もまた、同様に頭をさげている。


 おれたちの間でかわされる視線・・・。

 二度、強調された土佐藩の名・・・。


「主人、壬生浪に頭をさげるもんじゃねぇ。京や大坂の商人あきんどは、壬生浪を嘲るくらいがちょうどいい。今宵以降、「近江屋」は壬生浪をみても「暴れもんや」と蔑むんだ、いいな?」


 副長は、主人の両肩に掌を添えると頭をあげさせる。それから、そう忠告する。


 新撰組とはいっさい関わりなどない。そう暗に告げたのである。


 累をおよぼさぬ為に・・・。


 それがだれに対してか・・・。


 おれにもよくわからない。

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