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示現流と柳生新陰流

 廊下に飛びだした瞬間脚許に男がふっ飛んできた。まさしく、飛んできたといっていいだろう。

 

 斎藤がさきに相手のどこかを斬りつけ、怯んだ相手を島田や林が投げ飛ばしている。

 

 吉村もまた、器用さを発揮している。なにか相手にいい、相手が「?」となった隙に斬りつけている。薩摩弁もたいがいだと思うが、それを凌駕する吉村の方言。あらためて敬意を表したい。


 これからは、なにをいわれても曖昧な笑みではなく、満面の笑みで頷くことにしよう。

 

 槍遣いのわりには、原田もなかなか器用である。長いリーチをいかし、兎にも角にも相手の隙をついてゆく。狭い家屋の内で、得物を頭上高く上げねばはじまらぬ示現流は、ずいぶんとやりにくいであろう。


 副長たちのいる部屋から、男が廊下へ飛んできた。

 そこに、数名入りこんだようである。部屋のまえまでゆくと、背を向けた二人のうちの一人が永倉に斬りかかってゆくところである。

 

 さすがは永倉である。示現流の初太刀を、一旦「手柄山」で受け止めたかと思うと、そのまま力を抜く。勢いあまった相手の剣先が沈み、畳をえぐる。永倉は、がら空きになった相手の上半身を右の脚で蹴り、ついで柄からはなした右の掌で頭部を殴りつける。相手の体が、畳に沈みこんでしまう。


 そのとき、それに気がついた。


 その背は、み間違いようもない。さしておおきくもない背。だが、その異様な気は、とてつもなくおおきい。

 部屋の入り口に突っ立ったまま、その背をみつめる。小柄な体ごしに、片膝ついた副長と、それを護ろうと低い姿勢でうなっている相棒がみえる。


「いけんしておはんが・・・」


 ちいさな背から、つぶやきがもれる。その頭部は副長ではなく、40、50センチほど間を置いて片膝ついている中村へと向けられている。


 そのちいさな背。すなわち、「人斬り半次郎」の謎めいたつぶやき・・・。

 

 中村のことを、坂本もしっていた。そして、中村半次郎もまた、しっているというのか・・・。


「おもしとか。ぞくぞくすう・・・」


 またもれるつぶやき。そして、間髪入れずに「きえーっ!!」と発せられた猿叫・・・。


「人斬り半次郎」の初太刀は、他とはちがう。すくなくとも、基本であろう型ではないはず。なぜなら、左脇にだらりと下げた状態から、いきなり斬り下げたのである。振りかぶりが神速だからであろうが、それでも十二分に剣筋は重いにちがいない。

 

 気がつくと、その一撃を受け止めている。もちろん、副長であるはずはない。あいにく、小刀ドスを銜えさせていないので、相棒でもない。


 中村である。片膝ついた姿勢のままでの無刀取りの妙技が、ここでもいかんなく発揮されている。


「ほう・・・。ここにも「兼定」か・・・」


 両掌の間にはさむ業物へと視線を落とし、中村がつぶやく。


「「兼定」だらけだな、「人斬り半次郎」?襲う相手を間違っているのではないのか?それとも、なにものかが命じたのか?」


 それは、これまでの中村の声音でも態度でもない。ましてや、時代劇の昼行灯の暗殺者でも・・・。


 そのときなぜか、中村からおなじようなにおいを感じた。なぜかはわからないが。


「兼定、案ずるな。おぬしの主や副長に危害は加えさせぬ。退いて副長をお護りしろ」


 相棒はずいと歩をすすめ、低い姿勢のまま「人斬り半次郎」に向かってうなりつづけている。それを、中村が笑顔で命じる。

 ぴたりとやんだ。相棒は即座にうなるのをやめ、命じられたとおり退いて副長の脚許に控える。


 副長が驚愕の表情で相棒から中村を、最後におれをみる。

 おそらく、副長と視線をあわせたおれの表情かおも、副長とおなじであろう。


「わたしに「村正こいつ」を抜かせないでくれ、「人斬り半次郎」。一度ひとたび放たれれば、「村正こいつ」は血をみるまで暴れつづける」


 威圧的でもなく、高飛車でもない。だが、「幕末四大人斬り」の筆頭である殺し屋などより、よほど異様で不可思議な気を放っている。

 

 ぎりぎりとしめつけられるような音が、静寂満ちる室内に響き渡っている。「兼定」が掌の圧に悲鳴を上げているだけではない。「人斬り半次郎」の歯軋りである。


「わたしを、わたしを解き放ってくれるな・・・」


 それは、じつに苦しげなつぶやきである。


「馬鹿なやつ・・・」


 そのとき、そのつぶやきをとらえた。発信先をみると、すぐうしろに仙助がいる。なんともいえぬ表情かおで、中村をみつめている。


「人斬り半次郎」は単身、おれたちのまえから姿を消した。気絶したおおくの部下をそのままにして。

 

 ときを期せずして、おれたちもそこをあとにした。


 気絶した薩摩隼人たちに、このことを問い詰めにるには時間がなさすぎる。それに、しったところでどうしようもないだろう。

 まさかとは思うが、「人斬り半次郎」がさらなる示現流の遣い手を大勢率いて戻ってこないともかぎらない。


 正直、薩摩に襲われたことよりも、中村と仙助のことのほうがよほど気になる。


 それはきっと、おれだけではなく、副長やみなもおなじであろう。

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