緊迫のなかの投げ技
おれたちは、いっせいに気配を消す。
その直後、表の扉が蹴破られたようである。にぶい音が、宅内に響き渡る。それに呼応し、裏側の扉もまた・・・。
昼であっても陽が射しこまない室内は薄暗い。全員、それぞれの場所でうずくまって息をひそめる。
得物をすぐに抜けるよう、鯉口はきっておく。
いやがおうでも緊張する。しかも、今回はかなりスペースがかぎられている。場合によっては、刀を抜くことすらできないかもしれない。
ふと、仙助のことが気になった。視線を、かれのほうへと向ける。片膝立ちの姿勢のまま息を潜め、右掌で左の拳に手拭を巻いている。おれの視線を感じたのか、こちらをみる。視線があうと、にやりと笑ってきた。
さすがは元極道で、「小刀の仙」と二つ名があるだけはある。相当な場数を踏んでいるのであろう。すくなくとも、おれよりかはずっとしっかりしているようにうかがえる。
おれたちの潜む部屋の左右から、いくつもの気と息遣いがちかづいてくる。
乾いた音が響く。短い悲鳴と、なにかがどこかにぶつかったか倒れた音もする。
「斬うんだ!」
そのおし殺した命令は、薩摩弁である。
そのとき、おれたちの潜む室内に、抜き身を振りかざした男が踊りこんできた。
「だんっ!」と、畳を踏み抜かんばかりの足音が轟く。すでに、相手は示現流の初太刀を放っている。
間に合わない。あわてて「之定」を抜こうとするが、ときすでにおそし。陰影で、相手の相貌はよくわからない。だが、放たれた渾身の一撃の軌跡は、きれいな放物線を描いている。
ときにすれば、コンマ0秒以下のこと。得物を抜くのをあきらめ、片膝ついたまま上半身をのけぞらせる。勢いを殺ごうとかかわそう、というわけではない。体が勝手に動いたのである。
「そげん馬鹿なこっがあいもすか!」
その数秒の後、相手がつぶやいた。それで、自分が斬られなかったことに気がつく。
仙助が、おれと相手との間に割り込んでいる。おれに背を向け、片膝立ちで相手の渾身の示現流の初太刀を受けている。いや、受け止めている。
「そ、そげん馬鹿なこっが・・・」
仙助は相手の茫然自失のつぶやきがおわらぬうちに、打ちあわせた両掌の間にある相手の刀ごと、自分の手首をひねる。
「がっ!」
相手の小柄な体躯が、自分の得物ごと畳に叩きつけられる。
間髪入れず、その鳩尾に強烈な拳を喰いこませる仙助。
茫然自失のていは、つぎに控えている薩摩隼人たちだけではない。おれも同様である。
それは、まぎれもなく柳生の無刀取り。活人剣の極意である。
「なにをしとお!しまつせんか」
どこかからか、怒声が飛んできた。それでやっと、薩摩隼人らがわれにかえる。
「さあっ参りますよ、主計殿」
仙助は、まだ呆然としているおれに不敵な笑みと言葉を投げてくる。同時に、背を向けて得物を振りかざそうとした身近な一人との間を詰め、その手首を掴んで軽くひねる。相手が悲鳴を上げ、得物がその掌から転がり落ちる。すかさず、無掌となった相手の右手首と着物の襟を、それぞれの掌で掴む。それをそのまま背に負い、投げ落とす。
山嵐。柔道の技である。いや、そんななまやさしいものではない。畳におおきなへこみをつくり、相手が失神してしまっていることから、殺人的山嵐といったほうがいいかもしれない。
さらにいま一人が迫ってくる。仙助は、相手の刀を握る掌を手刀で打って取り落とさせると、そのまま相手の襟を片方の掌で掴む。同時に、相手にわずかに背を向け、自分の右脚のアキレス腱のあたりを、相手の脛から足首まですべらせる。相手の上半身が、仙助の背に自然とおおいかぶさる。仙助は、それをそのまま負い落とす。
柔道でいうところの背負い落とし。
どれもこれも、狭い場所向きの技である。
気がつくと、部屋のなかにもまえの廊下にも、立っている薩摩隼人たちの姿はない。
いるのは、倒れた薩摩隼人たちだけである。
おれたちは、いくつものうめき声を背でききつつ隣の部屋へと移動する。