表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

212/1255

緊迫のなかの投げ技

 おれたちは、いっせいに気配を消す。


 その直後、表の扉が蹴破られたようである。にぶい音が、宅内に響き渡る。それに呼応し、裏側の扉もまた・・・。


 昼であっても陽が射しこまない室内は薄暗い。全員、それぞれの場所でうずくまって息をひそめる。

 得物をすぐに抜けるよう、鯉口はきっておく。

 いやがおうでも緊張する。しかも、今回はかなりスペースがかぎられている。場合によっては、刀を抜くことすらできないかもしれない。

 

 ふと、仙助のことが気になった。視線を、かれのほうへと向ける。片膝立ちの姿勢のまま息を潜め、右掌で左の拳に手拭を巻いている。おれの視線を感じたのか、こちらをみる。視線があうと、にやりと笑ってきた。


 さすがは元極道やくざで、「小刀ドスの仙」と二つ名があるだけはある。相当な場数を踏んでいるのであろう。すくなくとも、おれよりかはずっとしっかりしているようにうかがえる。


 おれたちの潜む部屋の左右から、いくつもの気と息遣いがちかづいてくる。


 乾いた音が響く。短い悲鳴と、なにかがどこかにぶつかったか倒れた音もする。


「斬うんだ!」


 そのおし殺した命令は、薩摩弁である。


 そのとき、おれたちの潜む室内に、抜き身を振りかざした男が踊りこんできた。

「だんっ!」と、畳を踏み抜かんばかりの足音が轟く。すでに、相手は示現流の初太刀を放っている。

 間に合わない。あわてて「之定」を抜こうとするが、ときすでにおそし。陰影で、相手の相貌かおはよくわからない。だが、放たれた渾身の一撃の軌跡は、きれいな放物線を描いている。


 ときにすれば、コンマ0秒以下のこと。得物を抜くのをあきらめ、片膝ついたまま上半身をのけぞらせる。勢いを殺ごうとかかわそう、というわけではない。体が勝手に動いたのである。


「そげん馬鹿なこっがあいもすか!」


 その数秒の後、相手がつぶやいた。それで、自分が斬られなかったことに気がつく。


 仙助が、おれと相手との間に割り込んでいる。おれに背を向け、片膝立ちで相手の渾身の示現流の初太刀を受けている。いや、受け止めている。


「そ、そげん馬鹿なこっが・・・」


 仙助は相手の茫然自失のつぶやきがおわらぬうちに、打ちあわせた両掌の間にある相手の刀ごと、自分の手首をひねる。


「がっ!」


 相手の小柄な体躯が、自分の得物ごと畳に叩きつけられる。


 間髪入れず、その鳩尾に強烈な拳を喰いこませる仙助。


 茫然自失のていは、つぎに控えている薩摩隼人たちだけではない。おれも同様である。


 それは、まぎれもなく柳生の無刀取り。活人剣の極意である。


「なにをしとお!しまつせんか」


 どこかからか、怒声が飛んできた。それでやっと、薩摩隼人らがわれにかえる。


「さあっ参りますよ、主計殿」


 仙助は、まだ呆然としているおれに不敵な笑みと言葉を投げてくる。同時に、背を向けて得物を振りかざそうとした身近な一人との間を詰め、その手首を掴んで軽くひねる。相手が悲鳴を上げ、得物がその掌から転がり落ちる。すかさず、無掌となった相手の右手首と着物の襟を、それぞれの掌で掴む。それをそのまま背に負い、投げ落とす。


 山嵐。柔道の技である。いや、そんななまやさしいものではない。畳におおきなへこみをつくり、相手が失神してしまっていることから、殺人的山嵐といったほうがいいかもしれない。


 さらにいま一人が迫ってくる。仙助は、相手の刀を握る掌を手刀で打って取り落とさせると、そのまま相手の襟を片方の掌で掴む。同時に、相手にわずかに背を向け、自分の右脚のアキレス腱のあたりを、相手の脛から足首まですべらせる。相手の上半身が、仙助の背に自然とおおいかぶさる。仙助は、それをそのまま負い落とす。


 柔道でいうところの背負い落とし。

 どれもこれも、狭い場所向きの技である。


 気がつくと、部屋のなかにもまえの廊下にも、立っている薩摩隼人たちの姿はない。


 いるのは、倒れた薩摩隼人たちだけである。


 おれたちは、いくつものうめき声を背でききつつ隣の部屋へと移動する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ