みえざる敵の包囲
相棒の耳鼻センサーが発動したのは、坂本と中岡が裏口から去ってからゆうに30分ほど経ってからである。
玄関から相棒の警戒と忠告とがいりまじった低い唸り声が、きこえてくる。
それに即座に反応した永倉、斎藤、そして中村と仙助とおれは玄関と裏口に散り、周囲の状況を把握する。
「土方さん、あんた尾行けられたな?」
玄関から永倉の声が流れてくる。
「どうやら、隠れ家は囲まれているようですな」
中村である。やけに落ち着いている。いまは同心姿ではなく、奥方メイドであろう着流しである。
副長はうなる。自身の落ち度であると認めているのである。
「まっ、尾行けたやつが一枚上手だったってことだろ?でっ、どうする?そこが問題だろう?」
原田も落ち着いている。
全員が無言で帯刀する。
原田も、である。かれは例の鞘をあきらめ、おまささんの実家からあたらしい無銘の刀を手に入れた。
おれも慌てて、「之定」を帯びる。
「ちっ」
副長の舌打ちが端正な口許からこぼれ落ちる。
副長も「兼定」を帯びている。
「ここはもうつかえねぇな、山崎・・・」
「承知しております、副長。ちかいうちに、またいいところをみつけて参ります」
「おいおい土方さん、それに山崎よう。ここから生きてでられなきゃ、隠れ家もなにもあったもんじゃないだろうが?」
永倉が嬉しそうにツッコむ。それは正論であるが、永倉はあいかわらずハプニング大歓迎の様子である。
「あいつらは?無事だろうかな?」
だれかがいう。
「鳶と小六がいます。なにかあれば、どちらかがしらせにきてくれるでしょうし、異変にも臨機応変に対処するでしょう」
副長は中村の言にうなづき、口を開きかける。
「ああ、お案じめさるな。わたしも仙助も、自身の身は自身で護れます。存分になされよ」
それよりもはやく、中村が告げる。その腰に、あの「村正」がひっそりと寄り添っている。永倉と原田も気がついているようだ。
「はは、徳川家禁忌の「村正」の話は、所詮寝物語のようなもの。わが家に起こりし不幸とも関係はありませぬ。このままでは、「村正」もかわいそうです。遣うべき者と場所、ときを得て「村正」も喜んでおります」
おれたち三人の無言の問いに、そう応じた中村の凄みのある笑み。
それはまさしく、いまから恨みをはらす中村主水のニヒルな笑みとおなじもの。
「なかに誘い込みましょう。そのほうが一対一で戦えます」
さすがは柳生の兵法家。即座にそのような戦法を提案してくる。
もちろん、それに異を唱える者はいない。
正体不明の敵と、突然遣りあうこととなってしまった。
玄関から流れてくる相棒の警戒と警告のうなり声は、いまやクライマックスになっている。