表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

210/1255

今生の別れ

「けんど、あしが死ななければ、将来さきがかわってしまいやーせんか」


 しばしの沈黙の後、坂本は副長に、ついでおれに視線をむけ尋ねる。


 おれのことをしらぬ者たちは、その意味をはかりかねているようである。


「ぬかりはねぇ・・・」


 副長は、ただ一言そう応じる。


 坂本は、視線をまた副長へと戻す。しばしの間、からまりあう両者の視線・・・。おそらく、無言のやりとりをしているにちがいない。


「坂本、それに中岡、無念だろうが命あってのものだねだ。おめぇらは死んだことにして、その分、どっか異国で・・・。坂本、おめぇがいっていたように、船で旅をしろ。どこかあたらしい地で生きぬけ。てめぇらなら、どこでなりともやれるだろう。おれたちとはちがうだろうからな・・・」

「坂本さん。おれは、グラバーに会って直接話をしてきました。かれは、あなたのことを案じています。しかし、どこかから圧力がかかっているようです。長崎にくれば、どうにでもしてくれる、と。その言葉に嘘はないはずです」


 副長の言葉に黙したままでいる坂本に、告げる。喰いさがるといっていいかもしれない。


「はやいっさんききゆう。おまんらは、なぜそこまでしてくれるがかぇ?」


 坂本は、全員をみまわす。そのとき、一人だけその視線のとどまる時間が長かったことに、気がついた。


 副長のイケメンに、不敵な笑みが浮かぶ。


「こいつが・・・」


 そういってから、こちらを顎でさす。


「おめぇらを生かしたい、と願ってる。おれはこいつに借りがある。おめぇとおなじように、死ぬべきだったはずのところを助けられた。その借りを返してぇだけだ。それから、おれもこいつとおなじで、おれ自身おめぇらがいやじゃねぇし、できれば生き残ってほしいと思ってる。だからだ。それ以上でも以下でもねぇ・・・」 


 全員が、副長とおれをみる。

 

 正直、動揺してしまう。まさか副長が、そのように思っているなどとは・・・。


 あの雨の夜、副長はもともと死ぬはずではなかった。なぜなら、副長はその二年後に蝦夷で死ぬことになっているからである。おれがいようがいまいが、副長はあの雨の夜、自力できりぬけられたのだ。

 いや・・・。もしかすると、もともとおれがあの雨の夜にあそこにいたことで助かり、その後があるとでもいうのであろうか・・・。


「無念やか。すべてをやり遂げたかったやか。でも、おまんのいうとおり命があってこそ。そうにかぁーらん、龍馬?」


 中岡が苦笑とともに、坂本の肩をぽんと叩く。


「まっこと、おまんらは大馬鹿やき。やけど、おれはほがなおまんたちが大好きやかし、心から礼をいわせてほしいやか」


 坂本の化粧の落ちきっていない相貌かおに浮かぶ苦笑。

 いつものごとく、一人一人の肩をばしばしと叩いてまわる。


「あっ、坂本さん。どうか沢村さんも同道して下さい。この意味、わかりますよね?」


 肩を叩かれた際に、告げる。坂本の相貌かおに驚きの表情が浮かんだが、すぐに理解してくれた。


「大丈夫です。かれは、いわば事故のようなものです。いなくなったところで、どうのこうのということはないでしょう」

「こうるさい女房みたいなやつやけど、ほきも大切なとぎやか。必ずつれてゆきゆう・・・」


 坂本はそう約束し、ふと真顔になってある一人に視線を向ける。それは、さきほど視線をとめたとおなじ人物である。


「おんしゃぁ?どこかで会いやーせんやったか?」

「・・・。ええ。あなたを捕縛する命を受け、伏見奉行所の助太刀にかりだされましたので、もしかすると「寺田屋」でお会いしたのかも」


 中村である。


 中村がいったのは、「寺田屋」の襲撃事件のことである。伏見奉行所が、「寺田屋」に潜伏していた坂本を襲撃した。そのときのことをいっているのだ。


 ちなみに、坂本・中岡暗殺の実行犯である今井が詮議を受けた際、その「寺田屋」で坂本が捕り方を殺害したことから、暗殺をおこなったと供述している。


「いんにゃ。あのときは真っ暗やった・・・」


 坂本は、しばし中村をみつめる。が、まるでなにかを思いだしたかのようにはっとし、慌てて「ようにすみやーせん、人ちがいのようやき」と、つぶやいた。


 坂本と中岡は、別れを告げると御高祖頭巾をかぶって去っていった。

 護衛と道案内をかね、鳶と小六を連れて。


 二人をみたのは、これが最後であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ