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無腰平和

 相棒は、高っ鼻でどんどん進んでゆく。


 綱をリードがわりに使うことにした。


 この任務が終わったら、例の場所に連れていってもらうつもりだ。

 そこに、おれの置いてきたものがあるかどうか・・・。なんとしても確認したい。


 山崎が持ってきてくれたのは、鉄鎖に綱、そして白くて長い布・・・。


 この時代、男がそれを使っているということを、おれはすっかり失念していた。もっとも、異国からパンツなるものが、ほかの多くの物と同じように持ち込まれていたかどうかはわからない。


 調べようにも、PCも図書館もないのでできない。


 それは兎も角として、長くて白い布、つまり褌は丁重に辞退する。

 

 捜索の際のリードは、犬とハンドラーのいわば絆だ。それを、鎖で結ぶようなことも避けたかった。ゆえに、綱を選ぶ。


 もといた場所は、においが溢れている。いろんなにおいが溢れすぎている。相棒のように警察犬や警備犬として訓練された犬はもちろんのこと、麻薬や爆弾を探索する犬は、家庭犬などと比較してさらに鼻がきく。


 巷に溢れかえったにおいと、捜索対象とを誤ることは滅多にない。

 常日頃からさまざまなにおいのなかにあって、どういう気持ちなのだろうと思うことがある。


 ありがたいことに、幕末ここはもとの場所ほどにおいはなさそうである。


「この方角は、島原だな」

 屯所からある程度離れたところで、山崎が呟く。


 周囲をみまわす。

 相棒に集中していたし、傍に山崎がいてくれていることもあって、周囲に気を配っていなかった。


 夜だから、という理由だけではない。元いたところと違うのは、なにもにおいだけではない。音、光にはじまり、人、物、すべてにおいて量も質も違う。


 土の道、両脇の民家、どの家の灯火も消えているし往来に電燈もない。ネオンもなければ信号機やあらゆるスポットライトもない。そして、静かだ。人通りもない。家路を急ぐサラリーマンやOLもいないし、夜遊びの学生、犬を散歩させたりウオーキングやジョギングをしている人もいない。往来を走る車もなければ、遠くにもちかくにもあらゆるサイレンもきこえない。


 道を歩いているのがおれたちだけ、というのも不思議である。


「島原や祇園は、身を潜めるにはもってこいだな」

 山崎がまた呟く。


 そこは、いつの世も共通しているらしい。


「武田さんは、島原に馴染みの芸妓がいるんですか?」

 昔染み付いた感覚が、こんなときにでてきてしまう。山崎に尋ねた。

 その間にも、相棒はときおり鼻を高く上げ、空中のにおいをたしかめてはずんずん進んでいく。


 山崎は、しばしおれをみつめた。

「すみません。おれは兼定こいつと組むまえは、あなたとおなじようなことをしていたのです」

「ほう・・・。監察方の任務を?」

「ええ、おれのところでは囮捜査官といってますが。もっとも、薬物や銃や刀関係以外ではそれは認められていない任務ですが・・・」

「刀?刀はもてぬのか、主計のところでは?」

 驚きの表情とともにきかれたその内容に、またしても失念していたことに気がつく。


 いまよりさほど遠くない将来さきに、明治政府によって施行される廃刀令。

 その後、遠い将来さきに銃刀法が施行される。


「ええまあ・・・。おれのところは、幕府のようなところに属する同心や岡っ引きのような存在ものしか武器は身に帯びれませんし、所有するには幕府へ申請し、許可が必要です」


「なんと、ならば襲われたときにはどうするのだ?」

 山崎は心底驚いたようだ。そして、この時代に生きるからこそもつ、当然の問いを寄越す。


 思わず想像してしまう。


 幕末ここのように刀をもった集団がなにかを襲えば、それはテロか強盗である。そして、そうなった際、自分の身を護ることは非常に難しい。かりになんらかの理由、たとえば武道の段位者であったり、たまたま刃物をもっていたりで防衛したとしても、ドラマや映画のようにうまくいくとはかぎらない。逆に、正当防衛が過剰防衛になってしまう可能性もある。


 人間ひとは、パニックになったらなにをするかわからないのだから。    


 そして、それらすべて日常生活からは程遠い。それどころか人生に一度あるかないか、の程度である。


 すくなくとも、現代いまの日本においては・・・。


「平和なのです、おれのところは。人間ひとが、他者ひとによって危険に晒されたり傷ついたり死んだりするもののおおくが、事故です。ここでいう暴れ馬に蹴られたり、荷車に轢かれるようなものです」


 厳密には違うが、わかりやすく比喩表現しておく。


「そうか・・・。将来さきは、平和なのか・・・」


 山崎がぽつりという。それがやけに印象的である。


 島原は、もうまもなくである。

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