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妖かしの血化粧

「おっ、副長、やっときたか?」


 部屋のなかから、永倉の声が飛んできた。


 さして長くない廊下をあるき、おれたちは副長を先頭に部屋のなかに入る。


 永倉は、部屋のなかで立ったまま湯呑みから白湯を呑んでおり、客人二人をみた途端、口に含んだ白湯を盛大にふきだしてしまう。


「な、なんだそりゃ?」


 そして、超失礼なことを大声でのたまった。


「うわっ!組長、きたない」


 ほぼ同時におこった抗議の叫び。永倉の白湯の洗礼を、その足許に座っている島田がまともに喰らったのである。


「副長、それはいったい・・・?」


 島田が見舞われた不幸な出来事をよそに、失礼な発言をする山崎。


 それ以外の者たちも、不審者にしかみえない二人を、両をみはって呆然とみつめている。


 峰吉には、菓子を買って屯所に遊びにゆくよう、副長が小遣いを握らせてやった。もちろん、新撰組うちの子どもらには、いらぬことをいわぬよう口止めをして。

 峰吉は、「鬼の副長」をまえにしても物怖じすることなく、しっかりと礼を述べた。それから、子どもらしくうれしそうに笑いながら、駆け去っていった。


人間ひとだ・・・」


 副長は憮然とした表情のまま掌をひらひらさせ、永倉に場所をあけさせそこに腰をおろす。両方の掌を火鉢にかざし、あたためる。


 よく気のつく山崎が、あいている湯呑みに七輪の上の鉄瓶から白湯を注ぎ、それを差しだす。


 副長はそれをふーふーし、いっきに口に流しこむ。それでやっと、一息ついたようである。


 その間、永倉は無遠慮に、人間ひとと形容された二人を眺めまわしている。


「坂本さん?あはっ!坂本さんだ。うわー・・・」


 斎藤である。かれも気がついた。さわやかな笑みとともに、うれしがる。

 原田とはちがう意味で、気がついたにちがいない。


「これが?なんてこった・・・」


 永倉である。なにゆえか、言葉を中途で止める。


「突っ立ってねぇで座ってくれ。新八、おまえもだ」


 副長がいったタイミングで、裏口のほうでかすかな音がした。


「仙助が蕎麦をこさえてくれるというんで、鳶や小六と道具をとりに・・・。戻ってきたようです」


 山崎の説明に、副長は一つ頷く。


「ありがてぇ・・・。この京の寒さはいったいなんだ?仙助っ!」


 副長に呼ばれた仙助が、廊下からひょいと相貌かおをだす。客人二人をみて驚いたとしても、さすがは「小刀ドスの仙」と呼ばれた元極道やくざ。表情一つかえることもない。


「すまないが、この二人の分も頼む」

「承知いたしやした。しばらくおまちください」


 軽く頭を下げ、仙助の姿が消えた。


「もういいだろうが、ええ?」

「やきいったじゃーないがか?まるでばけものあつかいやか」


 副長の言と同時に、背の低いほうが御高祖頭巾をとる。女物の着物のあわせをはだける。背の高いほうもまた、それにならう。


「陸奥らがうるさくいうがやきす。仕方がないがで。けんど、おかげで無事にここまでこれたにかぁーらん?」

「げっ・・・」


 だれかが、というよりも全員が同時にうめき声を発する。


 陸奥らがどれだけの完成度を求めたのかはわからないが、御高祖頭巾の下も完璧なまでの変装である。つまり、ちゃんと化粧が、というよりかは、どこかの部族の血化粧のごとく白粉やら紅やらが塗りたくられている。


 だれかが笑いだす。


 当人たちも含め、副長ですらしばらく笑いが止まらなかった。

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