御高祖頭巾の女
峰吉であることがわかっているので、視線は最初からわずかにさがっている。木戸を開けると、飛び込んできたのは峰吉の困ったような顔である。それから、その峰吉のうしろになにかがいる事に気がつく。
気がついたと同時に、視線はそちらへ向いている。
「うわっ!」
思わず叫んでしまった。
峰吉のすぐうしろに女性が二人いる。正確には女性用の着物と羽織姿で、御高祖頭巾で頭部を覆っている女性らしき人が二人立っている。
叫んでしまったのは、そのでかさである。二人とも背が高い。いや、高すぎる。この時代の女性の平均身長は、145cmあるかないかである。男性は、155cm。この時代の平均身長より、かなり高い。それどころか、男性のそれよりもかなり高い。一人は、おれよりもはるかに高い。この女性と付き合ったら、男は絶対にコンプレックスを感じてしまう。そんな高さである。
ちっちゃな女性が、でっかい男とキスするのに一生懸命背伸びするのはほほえましい。が、その反対はみ苦しい・・・。絶対にみ苦しい・・・。
でかいほうの女性は、そんなイメージを抱かせる。
女性たちは、背だけではない。体格もいい。プロレスや柔道といったアスリートを思わせる体格である。羽織や着物を通しても、筋肉質なことがわかる。
両瞳をこらす。無作法であることはわかっているが、御高祖頭巾のなかをどうしてもみてみたい、という衝動を抑えられない。
副長の別宅は、通りからはずれた家々が並ぶ奥にある。両隣は商家の二階建てで、玄関はかげになっていて出入りがみえにくい。
なんでもぬかりなく、計算高い副長のチョイスにちがいない。ちまちま不動産会社を訪れ、何百もある物件リストから希望の物件をふるいにかけ、内見に訪れたわけではないだろう。
副長が希望さえ伝えれば、山崎が即座に探しあてるはずだ。
それは兎も角、玄関先は日中も陽があたらず薄暗い。ゆえに、瞳をこらさねばならないのである。
わずかに歩をすすめ、副長をも凌駕しそうなほど眉間に皺を寄せる。透視する勢いで、御高祖頭巾のなかをのぞきこむ。
(うわああああ・・・)
叫びそうになった。それを、かろうじて呑み込む。だが、体は正直である。歩を進めた分、退いてしまった。さらに、上半身をのけぞらせてしまった。
こ、これはひどい・・・。
しいてゆうなら、本物のおねぇであろう。場末のゲイバーのカウンターで両肘を突いて、「MOrlboro」のライトメンソールをくゆらせている。そういう本物感満載である。
正直、伊東のほうが、よほど美しい・・・。いや、ちがう。あくまでも外見の比較であって、それ以外の他意はない・・・。
いや、まてまて。なにゆえいいわけをしているんだ、おれ。だれにいいわけしているんだ、おれ。
「あの・・・」
おれのわけのわからぬ葛藤をみすかしたかのように、眼下で峰吉がみ上げている。
「おい主計、いったいなにをやってるんだ?」
同時に、原田が戻ってきた。
「木戸を開けっ放しにしやがって・・・。筋肉馬鹿が、寒風が吹き込んで寒いって怒ってるぞ」
原田は、上がり框でそういってから黙り込んでしまう。
なるほど、永倉が怒っているのか・・・。つかの間、筋肉馬鹿について思いをはせる。
「なんだ、坂本じゃねぇか。おまえ、女の姿が似合わんな。そっちは?中岡ってやつか?ほう、まだそっちのやつのほうが、みれるってもんだな。なんだ?ついにってやつか、ええ?」
御高祖頭巾の二人が、うしろで息を呑んだのが感じられる。
腰を抜かしそうになった。あらゆる意味で・・・。
「人ん家の玄関先で、なにをやってやがる」
副長があらわれてくれなかったら、冷たい土の上に尻餅ついてしまったかもしれない。
「くーん」
できた相棒は、真っ黒な鼻先をおれの左の掌におしつけて勇気をくれた。
が、それは世間の冷たさのごとく、しっとり濡れている。