熱き抱擁
副長の別宅に戻ってしばらくすると、監察方トリオに斎藤、鳶に小六に仙助、中村も戻ってきた。
副長ももう間もなく戻ってくるだろう。
通常の業務に支障をきたすわけにもゆかず、朝から局長とともに二条城へ、それから黒谷に打ち合わせにいっている。
あまりの寒さに、全員で火鉢を囲む。といっても、さしておおきくもない火鉢に全員があたれるわけもない。すこしでも火の神の恩恵に授かろうと、表面下で場所取りの攻防を繰りひろげている。
裏口のすぐ脇に七輪が転がっているのを、斎藤がみつけた。それで湯を沸かし、とりあえずは白湯をすする。それもまた、人数分の湯飲みがあるわけでなく、ある分を総動員してまわし呑みする。
「くそっ!斎藤、酒はないのか?」
酒好きの永倉らしく、斎藤に尋ねている。
斎藤は、こんな寒い家屋で寝起きしている。火鉢だけではことたりるとは、どう考えても思えない。
「酒?」
斎藤は、その名をはじめてきいたかのようにいう。
「買い置きがありません」
さわやかな笑みとともに答える。
「買い置きがなかった?なら、なにゆえ買わぬ?おまえ、酒、強いであろう?」
永倉は、その答えが気に入らないらしい。憮然とした表情でかみつく。
「すくなくとも、新八さんよりかは強いし上品に呑む」
さらにさわやかな笑みとともに答える斎藤。
「ならばなにゆえだ?なにゆえなのだ、斎藤っ!」
寒さにくわえ、酒のことでくさされた永倉がきれる。
「副長から任務以外で外にでるな、といわれている」
さらに、さらにさわやかな笑みとともに答える斎藤。
斎藤は生真面目である。そして、残念なことに臨機応変という四字熟語をしらぬらしい。
「はあーっ・・・」
おおきな溜め息をつくのは、永倉だけではない。
「原田さんは?」
不意に小六が尋ねる。
そういえば、原田がいない・・・。
はっとする。立ち上がり、玄関へと向かう。その突然の行動に、だれもが驚きぞろぞろとついてくる。
「原田先生、原田先生っ!相棒は、湯たんぽではありません」
ビンゴ!原田は、玄関で控えている相棒に抱きついている。
相棒は、子どもたちならそれをされてもぎりぎり我慢でするだろう。が、大人で、しかも長身の原田にされると、さすがにいやだろう。その証拠に、我慢ももう限界っぽい表情になっている。
「左之ってめぇっ!そうか、思いだしたぞっ!てめぇ、兼定にこっそり沢庵やってたろ?それをする為に餌付けしてやがったんだな?」
永倉が決めつける。
「なんてことだ・・・」
その呟きは、おれではない。みあげると、林が愕然としている。
「組長もおなじことをやっていたなんて・・・」
つづけられたその呟き。
「なにいっ!」
おれも含めたほとんどの者が叫ぶ。
「いや、猫好きの隊士たちが、屯所にくる野良猫を餌付けし、布団に入れて寝ているものだから・・・」
「なにいっ!」
林のいい訳に、驚きの声がふたたびハモる。
新撰組の風紀は、いったいどうなっているのか・・・。
猫好きたちのしたたかさ・・・。
もっとも、底冷えといっても底がどこなのかさえわからぬほどの寒さでは、その気持ちは理解できる。
いまだ原田の熱き抱擁にあっている相棒の頭部が、玄関の引戸へと向く。両耳が動いており、鼻も宙を嗅いでいる。
「だれかがきたようですね」
中村が静かに告げる。さすがは大剣豪である。相棒の耳鼻センサーとはちがう感覚で、人間の気配を感じることができるのであろう。
「峰吉です」
木戸の向こうで、少年の控えめな声がする。
中岡の潜伏先である古書店の倅である。かれは、坂本らの様子を教えにきてくれたのだ。
「峰吉、いま開ける。原田先生、邪魔です。玄関は狭いのですから、奥にいってください」
「ちぇっ!おまえ、副長に似てきたよな?うん、似てきている」
掌をひらひらさせながら原田にいうと、原田は無念そうにいい返してくる。
「ええ、ええ、わかってますよ。鬼っておっしゃりたいんでしょう?」
みなとともに奥へと去ってゆく原田の背に、笑いながら応じる。
「寒いのにご苦労様、峰吉」
木戸を開けるまえに相棒をみると、相棒もおれをみている。
その表情が、ちょっと困っている表情である。てっきり、原田の抱擁の余韻だと思ってしまう。
だが、それは原田のことではなかった。そのことを、木戸を開けた直後にしることになる。