表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

205/1255

いざっ!「御用改め」

「御用改めだ」


 店先である。おれたちは、ことさら大声で騒ぎ立てる。


「近江屋」の主人井口新助いぐちしんすけが、店の奥から慌てふためいてとんでくる。


「新撰組の方々、御用改めやゆうて、いったいなんの・・・」

「ここに坂本がおるであろう、店主?」


 林は、柔術と相撲で鍛えた体で主人に迫る。


「坂本?うちにはそないな名のもんはおらしまへん」


 主人はおどおど感満載ながらも、気丈に振舞っている努力がうかがえる。


 さすがは商人あきんどである。たいした役者だ。


「おいおいおい、主人よ。ここに、坂本が隠れてるってことはわかってるんだ」


 永倉もまた、非情な壬生浪感満載ですごむ。


「いや、だから、おらしまへんて・・・」

 

 店先で、主人と新撰組おれたちとの間で押し問答がつづく。


近江屋ここ」の母屋の二階では、陸奥や沢村、坂本の甥っ子の高松が騒ぎをききつけ、坂本をうまく連れだすはず。


近江屋ここ」は、醤油屋である。母屋の裏に、土蔵がある。坂本は、「酢屋」から移った当初はその土蔵に隠れていた。土蔵の裏には、誓願寺せいがんじという寺がある。危急の際は、そこに逃げる手はずになっている。そしてなにより、「近江屋ここ」の通りをはさんだ真向かいに、土佐藩邸がある。それが、かれらが「近江屋ここ」を隠れ家に選んだ大きな理由の一つにちがいない。


 この時期、坂本が暗殺される、あるいは狙われているという噂は巷に流れている。おれはそれを、ウイキペディア等でしっている。実際、いま幕末ここでリアルに流れている。それを懸念した土佐藩や薩摩藩はもちろんのこと、海援隊隊士など坂本の縁の人々は、再三坂本に藩邸に移るようすすめた。土佐藩邸がいやなら薩摩藩邸に、とも。が、坂本はそれらをすべてを断った。


 もっとも、新撰組も、坂本を狙っているリストのなかに入っているには入っている。が、トップのほうではない。坂本捕縛のめいがなくなり、表向きは従っているからである。もちろん、実際、従っている。が、この時代も後世も、おおくの人はそう思ってはいない。新撰組おれたちが坂本を、いついつまでもつけ狙っていると思っている。


 この時分ころ、新撰組は坂本よりおねぇの暗殺のことのほうがよほど重要であった。

 だが、おおくはそれをしらない。

 

 新撰組おれたちの内情は兎も角、坂本が敢えて「近江屋」からほかに移らなかったのは、自分を狙っている者の正体をしっていたからであろうか?それが、ちかしい者であると推察していたからであろうか?


 それとも、天命だと受け入れようとしていたのか・・・。


 それは兎も角、「近江屋ここ」にとどまることを選んだ坂本は、暗殺されたときには土蔵から母屋の二階に移っていた。


 風邪をひいていたからである。土蔵では、養生するには寒すぎる。


 あまり騒ぎすぎても、通りの向こうの土佐藩が介入してくるかもしれない。

 ある程度の時間、すなわち、二階に潜む一行が階下の騒ぎに気がつき、ひとまずは誓願寺へ駆け込む時間を置いたくらいで、主人は開き直る。


「ようございまっ!そないにおっしゃるんやったら、なかにはいって好きなだけみたらええっ」


 主人は、脇へどきながら声高にいう。


 おれたちは、店のなかへずかずかと入る。


 店の奥で、峰吉がまっていた。


「先生は、「なんちゃない」いうて逃げるのを拒まれましたが、慎太先生の説得もあってようやく連れだせました」


 醤油の香りが漂うなか、峰吉が告げる。子どもらしく、企みごとに自分が参加できていることがよほど嬉しいのであろう。やんちゃな相貌かおは、興奮と期待とで真っ赤になっている。


「無事にあたらしい隠れ家に落ち着いたら、しらせにきてくれ。そうそう、うちのわっぱどもが、また相撲をとろうと伝えてくれ、といってたぞ。この林も相撲が強い。屯所に遊びにきてやってくれ」


 永倉がいう。


 もちろん、新撰組うちの子どもらは詳細をしらない。が、子ども特有の好奇心と想像力と勘で、おれたちがなにか企んでいるということはわかっている。下手に隠し立てするよりも、当たり障りのないことだけ伝えている。今日、峰吉に会うかかもしれない、という程度にである。


「はい」


 峰吉は嬉しそうに返事をすると、くるりと背を向け裏口へと駆けだした。


「あったまっとくんなはれ」


 主人が茶をだしてくれた。


 おれたちが「近江屋ここ」に入っていったタイミングで、中村ら同心たちが周囲に潜む密偵どもを職質しているであろう。それで逃げ散った密偵どもを、うちの監察方と斎藤、鳶と小六、仙助が追うのである。


 醤油の香りが、鼻梁をくすぐる。


 永倉と原田、林とともに茶をすすりながら、このにおいこそが日本の文化だと、どうでもいいことを考えてしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ