ディナーと打ち合わせ
「旦那様にきいていましたので、ご準備しております」
お孝さんは、にこにこしながら手際よく準備してくれた。
仙助の蕎麦、お孝さんの煮物やら握り飯やらの夕餉である。
お孝さんは、相棒にも沢庵を準備してくれていた。
「あっそうそう、土方様にもちゃんとご準備していますよ」
お孝さんはあわてて駆け去ってゆくと、すぐにまた戻ってきた。
切った沢庵を皿の上に並べ、それを胸元に抱えている。
相棒は、すでに「ぶっかけ飯ア・ラ・タクアン」にがっついている。
「どうやらおれは、兼定のついでなわけだな」
副長の呟きに、全員が笑う。
「うまいですね」
沖田も小振りの碗に入った蕎麦をすすっている。
「おう、そうだろう?こりゃ絶品だ。夜鳴き蕎麦なんざもったいねぇ。いっそ店でも構えちゃどうだ、仙助?」
今井を尾行した際、あれだけ蕎麦をすすった永倉の言には重厚な響きがある。島田もまた、それを肯定するかのように幾度も頷いている。
「いえ、あっしのなどはたいしたことはございません・・・」
部屋の隅でお孝さんの煮物を頬張っている仙助は、そういって控えめに笑う。
「仙助、主計を弟子にしてやってくれ。こいつ、うちの童どもにことあるごとに蕎麦をたかられていてな。給金をほとんどそれにもっていかれちまってやがる」
「ちょっと待ってください、副長。それで、おれに蕎麦をつくれと?」
「うちの賄い方として、采配振りゃいいだろう、ええ?」
「そりゃいい考えですな。そうなれば、毎夜、うまい夜食が喰える」
「島田先生まで・・・」
しかも夜食・・・。だれかがまた笑う。
沖田も機嫌よく喰い、笑っている。
食後、そのまま打ち合わせに入った。
横たわってきいていろという副長の言葉に、沖田は相貌を左右に振る。半身を起こしたまま、気丈に振る舞っている。
「すでに「酢屋」の主家族に、渡りをつけております」
「坂本の取りまきも、協力してくれます」
島田、それから山崎の報告に、副長は一つうなづく。
「あの・・・」
西町奉行所の目明しの小六が、部屋の隅から控えめにいいかける。
副長はまた一つうなづき、発言をうながす。
「先日、奉行所に手代木様がおみえになり、高力様とずいぶんと長い間密談されていました」
いまの時期は、西の方が勤番ということか。
高力とは、高力忠良という旗本で、最後の西町奉行のことである。
「黒谷が?」
副長は、形のいい顎に指をあてて考え込む。
東町西町両奉行所の上は、桑名藩が受けもつ京都所司代である。さらに、その上が黒谷の京都守護職なのである。
そのトップの黒谷から、直接人がやってきたというのか。
「主計、おめぇのしるかぎりで、黒谷も入っているのか?」
副長の得意技、ストレート剛速球である。無言で頷いてみせる。
黒幕のリストに、会津藩も入っている。手代木が、実弟の佐々木に命じて坂本を殺らせた、というものである。が、まことに会津藩からなのか、あるいは会津藩の上、つまり幕府からなのかはわからない。どちらもありえるといえばありえる話だ。
「番所に助けをもとめてだれかがかけこんできたとしても、すぐにはかけつけるなというところでしょうか?」
山崎である。さすがは鋭い。
「黒幕がだれだかしれれば、このあとの対処もやりやすいだろうと思ったが・・・。存外、敵がおおすぎてしぼりきれそうにねぇな・・・」
「土方さんでもわからないことがあるんですね。いいじゃありませんか。目的を達せれば、あとはどうにでもなるでしょう?いいえ、あなたなら、どうにでもするでしょう?いままでのように・・・」
沖田のからかいに、副長のイケメンに不敵な笑みが浮かぶ。
「ああ、そうだったな、総司・・・。よし、予定通りにおこなう。みな、たのむぞ」
「承知」
「はい」
新撰組、新撰組以外の者の二通りの了承が部屋にあふれかえる。
「仙助っ!もう一杯、いや、もう二杯頼むよ。あ、お孝さん、酒ももうすこし・・・」
副長がぴしりときめたところで、原田の甘えた要望。
腹いっぱいになった相棒が、庭で大欠伸をしている。
沖田も、うれしそうに笑っている。