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天然理心流と柳生の剣士

 その夜、局長の別宅にお邪魔した。


 沖田を見舞う為と、打ち合わせの為である。


 この夜、局長自身は井上を連れて島原で接待らしい。


 メンバーは、副長、永倉、原田、山崎、島田、そして、おれと相棒である。斎藤と中村もきている。

 中村は、副長が沖田に会わせたかったのだろう。


 できた女性であるお孝さんは、主人が不在時に大人数でやってきても嫌な顔一つせず歓待してくれた。


 おれたちが局長宅に到着してから、さらに客人がやってきた。商売道具をもった仙助と、鳶と小六だ。


 この日、沖田は日中が暖かかったこともあり、調子がいいようである。

 

 沖田は、副長からきいていたのだろう。中村が名乗ると、はにかんだ笑みを浮かべた。


 最初に会ったときよりはるかに痩せ、顔色も悪い。だが、この夜はみなが集まったこともあってほんとうにうれしそうに、元気よく振る舞っている。


 

「覚えています。わたしがはじめてでた剣術試合です。そういえば、「小千葉」からは坂本さんがでていましよね?ああ、たしか「練兵館」からは桂さんがでていましたっけ?」


 沖田は上半身を起こし、布団のまわりに座しているおれたちにいう。おそらくは局長のものであろう丹前が、すっかり肉の落ちている肩にかかっている。お孝さんがかけてくれたのであろう。


「柳生の高弟が、なにゆえかような試合をみに?」


 沖田がすぐ側に座している中村に問うと、中村は「ははっ」と笑う。


「当時は、餓鬼でした。わが流派は、他流試合を禁じられております。わたしはその理由が、将軍家剣術指南役の流派が、試合で他の流派に負けるのを怖れているのであると思っていました。ゆえに、見識がせまく、傲慢だと憤ったものです。まことに餓鬼でした。それならば、見聞をひろめる為にと、稽古の合間に他の流派の稽古や試合をみにいったというわけです。無論、みつかれば大目玉です。こっそりぬけだして、です」

「きいたか、土方さん?どっかの薬売りみたいに、剣術の修行目的ではなく弱っちい連中をいたぶり、薬を売りつけるのが目的というのとは雲泥の差じゃねえか?」

 

 永倉がいうと、原田も同意の声をあげる。

 

 二人は、開け放たれた襖の隣の部屋で一杯やりはじめている。


「うるせぇっ!そんなこたぁ過去のことだ」

 

 副長は、気色ばむ。


「おいっおまえら、ここは局長の別宅であって呑み屋じゃねぇ。いいかげんにしておけよ」


 それから、苦笑まじりで釘をさす。途端に、沖田がくすくすと笑いだす。


「土方さんのいんちき剣術をみやぶったばかりか、手刀をきめたのですって?みたかったな、たいそう面白かったでしょうね」

「おうっ!みせたかったぞ、総司。だいたい、あそこに土方さんがあらわれたことじたい、胡散臭かったからな」

「おうともよ、敗れたときの土方さんの表情かお、おまえにもみせてやりたかったよ、総司」

 

 永倉と原田が笑って、副長を腐す。わざと明るく振る舞っているのが、ひしひしと感じられる。


 ここにも助けたい男がいる。だが、おれに結核、いや、労咳をどうにかする知識や技術はない。それどころか、進行をおくらせたり喰い止めたりすることすら・・・。


 沖田が咳き込みだす。すぐ側にいる副長が両掌を伸ばして沖田の上半身を支えるよりもはやく、中村が支えた。

 

 中村が沖田の背を右掌でやさしく撫でてやるうちに、沖田はじきに落ち着いた。


「その掌・・・」


 沖田は、中村の左の掌に指が三本しかないことに気がついた。


「沖田さん。わたしは、剣士として遣いものにならなくなってはじめて、その面白さをしりました。あなたもいま、それをかんじていらっしゃるはずです。どうです?役立たずどうし、遣りあうというのは。理心流の真髄、ぜひともあじわいたいものです」


 中村は、沖田の背を撫でつづけながら告げる。そのかれを、そう告げられた沖田だけでなく、全員が驚きとともにみつめる。

「中村さん、あなた・・・」

 

 沖田は、副長が差しだした懐紙で口許を拭う。無理矢理浮かべた笑み。

 その沖田のに、燭台の灯りよりも鮮明に希望という名の光明が灯る。

 


 たしかに、それがみえた。


「お蕎麦ができましたよ」

 

 廊下からお孝さんの声がし、同時に出汁のいいにおいが鼻梁をくすぐる。

 

 庭で、相棒も高っ鼻で蕎麦の出汁のにおいを堪能している。

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