「人斬り半次郎」との邂逅
中岡は、話をききおわった後、高松と峰吉を連れて去った。
中岡は、坂本同様単身で行動することを好む。だが、あらゆる意味で危険である。
ゆえに、高松と峰吉が、ちょうどいいとばかりについていった。
目的は達した。
おれたちも戻ろうと、いまだ相撲の興奮さめやらぬ子どもらに声をかけようとしたとき、茂みの向こう、岩倉邸の裏門からだれかがでてくるのが、視界の隅にうつった。
どうやら二人連れのようで、こちらに向かってくる。
子どもらに静かにするよう、口のまえに指を一本立てて合図を送る。
さすがは新撰組の子たち。すぐに生真面目な表情になって黙りこくる。
二人とも、着物に袴姿である。
茂みに潜み、その二人をつぶさに観察する。
背の高いほうは、その脚運びから文官の類だとわかる。だが、ちいさいほうはあきらかに剣士である。しかも、体格、所作、すべてにおいて一流の腕をもっているであろうことがうかがえる。
もうすこしでみ落とすところであった。背の高いほうは、明治期に入ってからの写真が強烈すぎる。幕末時分の写真をみたこともあるが、あまり印象に残っていない。それでも、なんとなくでも頭の片隅に残っている。
「大久保利通・・・」
薩摩の重鎮の一人。後年、その薩摩を敵にまわすことになる男の名を、つぶやく。
そして、連れのちいさいほうの男は・・・。
これで、会うのは三度目。もっとも、初対面の際にはいきなり遣りあったし、二度目は路地で遠目にたがいを認めただけである。たがいに名乗りったり、名刺、もといこの時代は手札をかわしあったり、兎に角、きちんと挨拶をしたことはない。
「人斬り半次郎・・・」
「幕末四大人斬り」の一人であるどころか、その筆頭といわれる腕の持ち主。
薩摩は、岩倉に通じている。
結局、坂本の死後、準備万端だった薩長は、無理くりに開戦にこぎつける。そのずっと以前より、薩摩は、岩倉と共謀している。
その調整役が、大久保なのである。ゆえに、かれがここにいることは、土佐の岩崎や見廻組の今井がいることよりよほど、納得がゆく。
意外なのは、「人斬り半次郎」こと中村が、大久保といることである。もちろん、おなじ薩摩藩士だし、大久保のほうが上司である。護衛の任につけといわれれば、中村は拒否するわけにはいかないだろう。護衛をしなければならない。
中村は西郷を心酔し、ずっといっしょにくっついているようなイメージがある。おおくの人が「大河ドラマ」や小説でしっているであろうが、中村は西南戦争でも西郷に付き従い、その自害の後に壮絶な最期を遂げる。
西郷と大久保は幼馴染。だが、その性格は、ずいぶんとちがっている。
西郷は、人望がある。カリスマ的存在であるといっていい。
西郷は、もしも大久保ほどうまく立ちまわれれば、周囲から人望を得られなければ、すくなくとも西南戦争で死ななかったのかもしれない。
いや、それ以前に、戦じたいおこらなかったのかもしれない。
大久保の護衛は、西郷が命じたのであろうか?それとも、中村みずからかってでたのであろうか?もしかすると、中村は、大久保の動向を見張る意味でも、護衛をしているのかもしれない。
坂本暗殺の黒幕の一つに、薩摩もあがっている。西郷と坂本は意気投合している。たがいがたがいに惚れこんでいる。くどいようだが、BL系での意味ではない。あくまでもその心意気、に対してである。
もしも薩摩だとすれば、それを命じたのは西郷ではなく大久保ではないのか?それとも、大久保におしきられ、西郷は決断せざるをえないのか。だとすれば、西郷は、暗殺を中村にさせるであろうか?親友への、せめてもの餞に。中村なら、万が一にもしくじることはない。そして、ばれるようなへまもしない。
だとすれば、その犯行は、ほかの集団、あるいは個人にみせかけるであろうか・・・。
大久保だったら、そこまで周到に画策するであろうか・・・。その上で、西郷を説得するであろうか・・・。
二人はちょうど、おれたちのまえを通りかかろうとしている。が、不意にその脚が止まる。中村の、である。小柄な体が、こちらへ向く。斜視気味の瞳が、茂みに潜むおれのそれを射抜く。
「いけんした?」
さきをあるいている大久保の脚も止まる。肩越しにきいたその声音は、男のわりには甲高い。
「よかや、んも。野良犬じゃったごとだ」
中村はそうぶっきらぼうに応じる。それから、おれから視線をそらせる。
「はやく帰いもすよ」
大久保は甲高い声で囀ると、とっととあゆみだす。
「ふんっ」
中村は、その背に鼻を鳴らす。それから、ちらりとおれをのほうをみ、またゆっくりあゆみだす。
大小の背がみえなくなった。茂みのなかで尻餅ついてしまう。
背、顔、いたるところに冷や汗が浮かび、流れ落ちてゆく。
中村は、茂みに潜んでいることに気がついた。しかも、おれだとわかっていた。
あの雨の夜、副長を襲った際に狼を連れて忽然とあらわれ、邪魔をした男が潜んでいるとわかっていた。
子どもらも、おれの様子がおかしいことを察し、真剣な面持ちで二つの背が去った方角をみつめている。