相撲と死神
「あー、すまんの、どうも名を覚えるのが苦手で・・・」
「慎太先生は、名前だけやあらへん。相撲の技だってちっとも覚えてへん」
峰吉が突っ込む。真っ赤なほっぺをし、目端のききそうな顔つきをしている。
「なんじゃと?こらっ、峰吉っ、もう相撲取ったらんぞ」
中岡は、拳固を振りあげていい返す。いつもこうして、からかわれてはやり返しているのであろう。中岡の表情は本気ではなく、苦笑が浮かんでいる。
「ええよ。龍馬先生の風邪がよくなったら稽古つけてもらうから」
峰吉は、笑いながら返す。
坂本は越前の三岡八郎を訪れ、京に戻ってきてから風邪で寝込んでいる。
三岡八郎とは、後の由利公正。越前藩士である。越前藩の財政を建て直した、財政のエキスパートである。坂本とかなり気が合ったようである。坂本は当時謹慎中であった三岡に会いに、越前までわざわざ脚を運んでいる。坂本はここでも船中八策のことを、おおいに語りあっている。
三岡は、明治期になって由利公正と名をあらため、新政府の金融財政政策を担当することとなる。
「へー、相撲か。強いのか、峰吉?」
「おれだって強いぞ」
「林先生に稽古つけてもらってるから、おれたちだって強いんだぞ」
新撰組の子らが盛り上がっている。
玉置のいったのは、十番組の伍長の林のことだ。
林は、柔術家ではあるが相撲が好きらしい。子どもらだけでなく、相撲好きの隊士たちとときどき屯所の庭で相撲をとっている。
「中岡さん、話があります。ここでは目立ちますから」
子どもらに静かにするようにいうと、中岡を林のなかへと誘う。
「お邸のなかにまできこえたらまずい・・・」
相撲をとろうということで話がまとまった子どもらに、釘をさそうとする。すると、市村がにやにや笑いながらかぶせてくる。
「主計さん、おれたちは新撰組の隊士だ。餓鬼みたいに騒がないよ」
それから、かれはみなをうながす。すこし離れたところに移動する。だれかが、拾ってきた木の棒をつかって円を描く。
その市村の言葉に、苦笑するしかない。
「あんな童が隊士?」
中岡も苦笑している。
「本人たちはいっぱしの隊士、だと。ですが、実際のところは局長と副長の使い走りをしています」
かれにそう説明する。
「ときがありません。さっそくですが、中岡さん、あなた、間もなく死にますよ」
表情をあらため、厳かに告げる。
まさしく、死の宣告をしてまわる死神・・・。
中岡のイケメンに浮かんだ驚愕の表情をみながら、つくづくそう実感する。