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イケメンは最高のボケ役

 中岡が、岩倉の屋敷からでてきた。

 先日、岩崎や今井が使っていたとおなじ裏門からである。


 この時期、坂本はみずから考案した船中八策を、土佐藩の後藤象二郎や幕府の老中永井玄番頭などに説いてまわっている。その上で、それぞれのトップを説得させようとする。


 土佐藩は鯨海酔候こと山内容堂、幕府は元将軍たる慶喜である。


 そして、中岡もまた薩摩や長州、公卿の間を奔走している。


 いまも、岩倉に会っていたというわけである。


「中岡さん、お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか?」


 このまえ隠れていたとおなじ茂みからとびだし、中岡の進路に立ちはだかる。相棒は、いつもの定位置である左脚のすぐうしろでお座りし、尻尾で地面を掃きつつ愛想よくふるまっている。


「あー、なんという名前だったか・・・」


 残念系イケメンは、呆けたように曇天をみ上げ、思いだそうとがんばっている。


「ああ、兼定。そうそう兼定、兼定やったがね?」


 中岡は、イケメンを曇天に向けたままつぶやく。それから、それをおれの連れへと向ける。


「あ?なんで、おまんらが?」


 坂本の土佐訛よりかは標準語にちかい。とはいえ、それでもイントネーションはおかしいし、ときどき土佐言葉もでてしまう。


 おれが口を開くよりもはやく、同行者が呆れたようにため息をつく。


 坂本の甥の高松太郎である。中岡と話をする為に、同行してもらった。


 高松のほかに、新撰組うちの子どもたちも連れている。

 高松は、中岡の下宿先である「菊屋きくや」という書店の息子鹿野峰吉かのみねきちを伴っている。 


 峰吉は、新撰組うちの子どもたちとおなじ年頃だ。顔にいっぱい擦り傷をこさえている。一瞬、虐待かと勘繰ってしまったが、「近江屋かくれが」で坂本の面倒をみている藤吉とうきちに相撲の稽古をつけてもらった際にできたものらしい。藤吉は元力士。そして、坂本と中岡が暗殺された夜、十津川郷士と名乗る複数の訪問者を坂本たちにとりつごうとした際、斬られて死んだことになっている。もちろん、それはもっと将来さきに伝わっている話だ。


 峰吉と新撰組うちの子どもたちは、すぐに仲良くなった。大人の事情など関係ないらしい。そして、峰吉も相棒をみて大喜びしてくれた。


 現代であれば、このくらいの年齢としの子たちは勉強勉強で忙しいだろうし、むだに大人びている。体格もいいので、高校生か大学生といっても通るかもしれない。

 

 が、この子たちはほんとうに子どもである。これぞわらべ、である。

 幕末いまの子どもたちのほうがいい、とつくづく思ってしまう。


 もっとも、人の足許をみて奢らせるという抜け目のなさはいただけないが。

 もちろん、今回も蕎麦を奢る約束をさせられた。ちゃっかりしている。


「思いだしちゅう、相馬やき」


 中岡は、たっぷり百は数えたころになってようやく思いだしてくれた。左掌に右拳をぽんと打っている。寺子屋で難問を解いた子どものように、とてもうれしそうな表情かおになっている。


 だが、その視線のさきには相棒が・・・。


「慎太さん、犬の名が兼定ぜよ。相馬さんはこっちぜよ」


 高松が、即座にツッコむ。

 

 をぱちくりさせている中岡に、気弱な笑みを浮かべてみせる。


 ボケ役もびっくりの見事なボケっぷりだと、心底感心する。

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