侠客 VS 武士
おれたちといれちがいに、旅装姿の男たちが駆けていった。
そのいずれも、腰のあたりがふくらんでいる。小刀を腰にさしているのであろう。
そのいずれも、相貌に一つや二つ傷がある。いまは旅装でがっつり肌を覆っているが、着物の下には、さまざまな絵柄で肌を彩っているだろう。刺青という芸術作品で・・・。
「これはこれは見廻組の・・・。えらい奇遇なところでお会いしやしたね」
「会津の若頭か?」
背後で、さきほどの小柄な極道、それから、おれたちを追ってきた男たちの一人の声がした。
あの小柄な男は、組の幹部だったのか・・・。
ある意味感心する。小柄な男は、さほど威圧的でも腕っぷしが強そうでもなかった。が、本物の侠客というのは、これみよがしのパフォーマンスはけっしてしない。それは、幕末も未来もおなじであろう。
「邪魔だ、どけいっ!」
怒鳴り声よりもはやく、殺気が夜のしじまを駆けてゆく。おれたちは、脚を止めて背後を振り返っていた。
「なんやえらい物騒でんな、旦那方?斬る気でっか?」
若頭は、周囲に駆けつけた子分たちに左掌を上げてなだめている。
ちいさなはずの背が、やけにおおきくみえる。
「五人でんな・・・」
若頭は、ずいと歩をすすめる。
「斬る気やったら、それなりの覚悟はしーや、若造ども。極道に刃みせるんやったら、金玉縮み上がらんようしっかり気合入れやっ!」
突如、その声音が変化した。低い恫喝は、まるで肉食獣の唸り声のようだ。
「あんたらが追ってるんは、組の者や。組の者に文句あるんやったら、わしがきいたるっ」
その脅しは、さしもの旗本の子弟たちをもびびらせたようだ。五名が同時に一歩、二歩とあとずさりしはじめる。 世間知らずのかれらも、これがどういうことなのかはわかっているのであろう。
江戸にも極道、侠客はいる。新門辰五郎、火消しの大親分などがその筆頭である。そういえば、新門辰五郎も京にいるはず。慶喜は、どういう奇縁か新門をかっており、その娘を側女のようにしている。京に上洛する際、警護役として連れてきているのだ。
平和ボケしている旗本の師弟より、よほど信頼できるのであろう。
極道の世界に武士の常識は通じない。その世界で武士風を吹かせたところで、極道はそれを肌で感じることすらないはず。
「くそっ!覚えておけっ」
一人が負け惜しみの常套句をいったが、それは風にのってかろうじてきこえたほどのちいさなもの。
「ええで、覚えといたる。つぎに会うたとき、賭場や花街でのツケといっしょに払てくれたらええ」
若頭の嘲笑にみ送られ、おれたちを追ってきた一団は、元きた道をすごすごと引き返していった。
「怪我はあらへんかったか?」
貫禄のあるその声ではっと振り返ると、いつの間にか駕籠があって、その横に会津の小鉄が立っている。
「大親分、危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
山崎は、如才なく頭を下げる。おれもならう。仙助と鳶もである。そして、斎藤は親しげに会釈する。
「奇遇やな・・・。まぁええ、かえるんやろ?一緒にかえろや」
会津の小鉄は、それだけいうと駕籠に乗り込んだ。
なにもきかず、詮索せず、に。
「お、これが京の町で有名な狼みたいな犬、やな?兄さん、さわってもええか?」
若頭は、戻ってくるなり相棒の前に膝を折る。笑って頷くと、お座りしている相棒に抱きつく。
それはまるで、ぬいぐるみに抱きつく小さな子どもである。
かわいい・・・。
その様子を、子分たちはほくほく顔でみつめている。
最強の護衛のお蔭で、おれたちは無事に京に戻ることができた。