沖田総司
剣術にかぎらず、いろんな分野で天才肌というのが存在する。
もちろん、そういった連中もある程度の努力はするだろうし、練習を重ねる。
もしかすると、マスコミや周囲からもてはやされ、プレッシャーでおしつぶされそうになることもあるかもしれぬ。
それでも、そういった連中は、根底にあるものが凡人とは違う。
沖田総司へのこれまでの、というか幕末にくるまでの印象は、まさしくそうだ。
近藤局長が、妾宅に誘ってくれた。相棒ともどもにである。
近藤局長が大坂の新地で落籍かせた元芸妓のお孝さんへの挨拶はもちろんのこと、沖田総司が相棒ともどもおれに会いたがっているという。
おれも会いたい。「天然理心流」の沖田総司。
「沖田の三段突き」といえば、それがたとえ後世のどこかの作家の創作であったとしても、「天然理心流」皆伝の剣士と、ぜひとも話をしてみたい。
というわけで、おれと相棒はその夜、局長の妾宅にお邪魔した。
こじんまり、というのが正直な感想だ。
じつは、この妾宅はもともとお孝の姉の深雪太夫の為にもうけられたものである。
深雪太夫は、島原の芸妓だった。
おれの感覚からすれば、姉妹揃ってうられ、身請けされるというのもすごい話だが、姉妹揃って一人の男を奪い合う、というのもなんか凄まじい泥沼感がある。
しかも美男の副長ではなく、ごつい相貌の局長が、である。
やはり、男は顔だけでなく地位、金回り、やさしさ、なのであろうか。
いや、なにも副長にそれらがないというわけではない。
だが、どこか距離を置いている感が否めない。それは、男であっても女であっても、である。
相手も、それを肌と心で感じる。
あぁそうか、美男は、三種の神器を用いずとも女が寄ってくる、ということか・・・。
おれも付き合いや仕事で、祇園にいったことはある。付き合いであったとしても、仕事の延長のようなものだ。
昔ながらのスナックの和風贅沢版、というのが正直な感想である。
自分の金ではないし、本来ならちゃんとした作法でもって、お大尽の遊び方というのがあるのであろう。
おれのは、あくまでも一見さんの体験にすぎない。
それでもやはり、芸者遊びというのは敷居がかなり高い。
お孝さんは、芸妓だったとは思えぬほど子どもっぽい女性である。
実際、まだ成人式を迎えた位の年齢だ。
おれは、恥じた。
おれのつまらぬ話にころころと笑い、少女のように相棒と戯れるかのじょは、ごくごく普通の女性である。
先入観が、おれの瞳と心を曇らせた。
お孝さんは、やさしく明るく元気いっぱいの女性だ。
局長が、弟分ともいえる沖田の看病を任せるのも頷ける。
そして、沖田総司である。
病が悪化し、すべてを奪おうとしていることを差し引いても、沖田は気弱そうな青年である。
ちいさな庭に面した、日当たりのよい部屋の床に起き上がり、おれと相棒に会ってくれた。
この日、かれも調子がよかったらしい。
「あなたが、「鬼の副長」を助けた人?あの狼みたいな犬も?」
沖田もまた、美男である。だが、顔色が悪い。
お孝さんが、あれこれと世話を焼いているのであろう。
病人に、あるいは病室にあるような、厭世観や絶望感はさほどうかがえぬ。
「近藤さんが「三国志演義」のような物語が好きなのを、ご存知ですか?」
沖田は、蒼白い相貌に弱弱しい笑みを浮かべ、そうきいた。
しっている。だが、頭を左右に振る。
「そんなところにでてくる武将の活躍のように、あなたとあなたの狼犬の話をしてくれました」
「おれも、あなたの剣の腕前をしっています」
というと、沖田の蒼白い表情が若干明るくなる。
病床とはいえ、沖田もまた幹部の一人。
おれのことは、あの夜の立ちまわり以外のこともきいているはず。
「おれのは、ただの道場剣術です。しかも、おれのいたところでは、刀を所持するには役人の許可がいり、それを帯刀することも振りまわせる場所も、かぎられます」
「それでもあなたは、「鬼の副長」を助けた・・・。わたしは、近藤さんの剣として、近藤さんとともにいるはずでした。その為に剣の修行に励み、それを振るってきた・・・」
天才肌、という印象にかわりはない。
だが、沖田総司は、これまで会ってきたそういった類の者たちとは一風ちがう。
天才はさらなる高みを望み、凡人以上の努力を重ねる。
それは、自分自身のエゴの為ではなく、兄貴分である近藤の為である。
この青年に、強さを感じる。
剣士としてのそれ、そして、人間としてのそれ・・・。
おれはしっている。
沖田総司は、病で死ぬ。
近藤勇が流山で捕まり、板橋で斬首されたことをしらぬまま、その一ヶ月ほど後に死んでしまう・・・。
「厚かましい頼みですが、どうか近藤さんを、ついでに「鬼の副長」のことを、わたしにかわって護って下さい」
「月並みですが、あなたは病ごときで斃れる方ではない。ここのことをなにもしらぬおれでは、あなたの頼みを受けられそうにありません。ともに護りましょう。それに、あなたに手合わせをお願いしたいですし」
沖田は、はっとしたようだ。
そのタイミングで、相棒がちいさく吠える。
おれの合図もなく。
「相棒もそういっています」
「刀の名と一緒だとききました・・・」
沖田は、ちいさく笑う。
「どこかでみたことがあると思ったら、あの狼犬、「鬼の副長」にそっくりだ」
「ここの人は、みなさんおなじことを仰る。じつは沢庵が好物でしてね。おれのいたところでも、副長の沢庵好きは有名ですから、それにちなんで副長の愛刀の名をつけました」
「ああ、きっと当人より強いのでしょう。それに、頭もよさそうだ」
さらに笑う。
冗談かと思ったが、沖田は真面目にいっていた。
あとでしったことだが、副長は喧嘩は強いが剣術はイマイチらしい。
練習が嫌いだからだそうだ。
沖田総司は、史実どおりの立派な剣士であり、強い男である。
死なせたくないと思うのは、同情心からなのか・・・。