でっかい黄色のアヒル
「旦那方、つけられています」
隠れ家にむかっていると、鳶にうしろから囁かれた。
新撰組は、京とおなじく大坂でも評判がすこぶる悪い。おれがくるずっと以前に、大坂町奉行所の与力内山彦次郎と衝突し、新撰組が暗殺したという経緯もある。もっとも、これにはちがう説もある。暗殺したのが新撰組であったかどうかということは抜きにしても、兎に角、その評判が超絶悪いことは事実。
というわけで、大坂で新撰組はおおっぴらに活動しにくく、資金と情報を集めるていどにしか動いていない。
その拠点が、八軒家のちかくに設けている隠れ家、というわけである。
この時代、京と大坂をいききする手段として、大川や宇治川をゆく三十石舟がある。京は、平戸橋・蓬莱橋・京橋・阿波橋に船着場があり、大坂は八軒家・淀屋橋・東横堀・道頓堀にそれがある。
伏見の船着場の一つである京橋には、有名な「寺田屋」がある。これは、いわずとしれた坂本、それから薩摩藩の御用達の宿屋である。
大坂の八軒家は、現代の天満橋である。大阪で「水都大阪フェス」がおこなわれる際には、でっかい黄色のアヒルがやってくる。そこのことである。
おれは黒いくまの「くOモン」だけでなく、黄色のアヒルの「ラOー・ダック」も大好きである、じつは。どれだけゆるいのが好きなのかと突っ込まれそうだが、すさんだ心を癒してくれる。藤堂とはちがう意味での救世主、たちである。
こういう癒しキャラがこの時代にいてくれれば、この時代もすこしはなごんでくれるであろうか・・・。
ないものねだりをしてもしょうがない。
三十石舟は、京を夜出発し早朝に大坂に到着する。それから、早朝に大坂を出発し夜伏見に到着する。 一日上下二便の運行である。
ちなみに、現代なら京阪特急で約一時間である。
八軒家にも宿屋はある。「寺田屋」の系列である「堺屋」という宿屋である。しかし、おれたちがそこに泊まることはない。ゆえに、そのちかくに隠れ家を設けている、とわけである。
「ああ、二名だな」
すでに、斎藤も気がついている。さすが、である。
「目明しですわ」
同業者である鳶は、その行動が掌にとるようにわかるらしい。
「目障りなようだったら、消してくるが?」
物騒なことを、さわやかな笑みとともに提案する斎藤。さしもの元極道の「小刀の仙」も、瞳をみはって斎藤の笑顔をみつめている。
「だめだだめだ」
山崎が即座に却下する。当然のことである。
「相棒、連中を追っ払え」
相棒は、そう小声で指示したと同時にくるりと回れ右し、駆けだす。
「ああっ、しまった。うりものの獰猛な狼が、狼が逃げてしまった」
慌てふためき、泡を喰ったように叫びまくる。
「ウオンッ!ウオンッ!」
相棒は、怒声を発しながら駆けてゆく。すこし離れた民家の路地から、尻端折りした二人の男が飛びだしてきた。二人とも、これみよがしに腰に十手をさしている。
「うわっ」
「ひいっ」
そして、二人はもときた道を駆けだした。そのうしろを追いかける、獰猛な狼。
おれたちは、人通りもまばらな通りでしばらく笑い転げた。
笑いのツボに、はまってしまったわけだ。