入会の条件と方法と規約
いま一つ、確かめたいことがある。ゆえに、グラバーのまえから辞すときに、さも思いついたかのように尋ねてみた。
『ミスター・グラバー、あなたの属する組織に、わたしも加わることはできますか?会員になるには、なにか制約や条件があるんでしょうか?』
その瞬間、相棒を撫でていたグラバーの掌が止まった。刹那以下である。
それを、見逃さなかい。
『ぜひとも、口添えしていただけませんか、リョウマ・サカモトのときのように・・・』
このときには、さすがに掌がとまることはなかった。だが、膝を折った姿勢で相棒の頭を撫でつづけているグラバーの背が、わずかに揺らいだ。それは、坂本の名をいったタイミングであった。
『組織?わが社に入社されたいと?』
グラバーは、立ち上がると体をこちらへ向けた。着物の裾についた土を手早く掌で払うあたりは、着物にずいぶんと慣れ親しんでいるからこそ、できる仕種であろう。
ふっと、冷笑を浮かべてみせる。すくなくとも、そうみえるようにがんばった。
『会社ではありませんよ、ミスター・グラバー。組織といったつもりでしたが、それとも、おれの単語は間違っていますか?』
そして、瞳力でいってやる。
(あんたがそこに属していることを、おれはしっているんだぞ)
『組織?きみのいうことがよくわかないが・・・。それに、リョーマ?なんたら、という男のこともしらないな』
グラバーは、おおげさに肩をすくめる。この密会はおしまいだというかのように、下駄を脱いで縁側にあがる。それから、上半身をかがめると踏み石の上の下駄をきれいに揃える。
『おかしいですね・・・。紹介状はミスター・ミノムラに書いてもらいましたが、それは、ミスター・サカモトに会えなかったからです。もともと、あなたのことはミスター・サカモトにきいたのですよ』
グラバーは、下駄から顔をあげる。おれと瞳があう。その蒼い瞳によぎったなにかが、おれの精神をざわめかせる。
『ああ、あのリョーマのことか・・・。きみのいっていることはわからないが、ぜひともリョーマを探しだし、伝えてもらいたい。また長崎で会おう、と。そのときには、お望みの船を用意しよう。それで、だれもしらない、どこか遠くへいけばいい、と。』
おれの瞳をみつめたまま、グラバーはささやく。
そのタイミングで、家屋の奥からグラバーのことを呼ぶ声がきこえた。男の声だ。きき覚えがある。
岩崎・・・。間違いない。相棒をみると、相棒も一度嗅いだことのあるにおいを察知し、声のほうに警戒の瞳を向けている。
『リョーマに伝えてくれたまえ』
押し殺したその声で、視線をグラバーへと戻す。
だが、グラバーはすでに廊下に面した部屋のなかへ消えていた。
歴史的に有名な、異国の商売人との駆け引きはおわった。
おれたちのミッションに直接結びつくかどうかは、いまのところわからない。が、この情報が有益なものだと、すくなくとも、密会したことが無駄ではなかったことを確信する。
『旦那方・・・』
料亭旅館がみえる路地で、最後のやりとりを反芻する。山崎も斎藤も、おれの様子を察し、そっとしてくれている。
そこに、鳶と仙吉が戻ってきた。
路地にひそんで一時間ちかくは経っている。
「新地にいる馴染みの芸妓から、面白い話をきいてきましたで」
仙吉がいった。さほど広くもない大坂の花街である。芸妓らも噂話で日ごろのうさを晴らしたり、情報交換をしあうのであろう。
「京からえらそぶった武士らがしょっちゅうやってきては、土佐や紀州の武士らと話をしているらしいですわ。しかも、ある男のことばっかりいうてるらしい」
仙吉は、四本しかない掌を自分の頸の辺りでひらひらさせる。鳶がその隣で、神妙な表情でうなずいている。
一つ頷いてから、全員にグラバーとの会話を語ってきかせた。
重点的に、死んだ天神にまつわる部分を・・・。