グラバーのガールフレンド
『じつは、あなたのガールフレンドはわれわれの同僚と一緒でした』
同心を装い、そうきりだす。最初に役人としかいわなかったし、奉行所をしっているかとは尋ねたが、そこに勤めているとはいわなかった。広義でいえば、新撰組も役人のようなものだし、さらに広義の意味では、殺された目付の平田とは同僚になる。
まったくの嘘ではない。
『わかっている。そういう仕事だから。そんなことしなくてもいいように身請けしたのだが、病気の父親の医者代を仕送りする為に、まだ金が必要だと。わたしが長崎にいる間は、以前より客をとる人数を減らす、という条件付だった。長崎の仕事が一段落ついたら、まとまった金をもってくるから、ともに長崎にゆこうと約束したのだ』
ふーん・・・。
芸妓にありがちなお涙頂戴ストーリーを、うんうんと頷きながらきく。
死んだ天神に、病気の父親などいない。それどころか、血縁者がいない。いたのは、借金まみれの情夫だけである。
これは、中村らが調べたことである。天神にしてみれば、身請けしてくれるよりもそのままそっくり金子を貢いで欲しかったであろう。とはいえ、だまされやすいカモを手放すのは惜しい。カモを逃さずキープしたまま場所をかえ、さらなるカモを罠にかけていたのかもしれない。
『正直なところ、われわれの同僚は、他人から恨みをかうような性質ではなかった。殺される理由がわからないのです。あなたはいかがです、ミスター・グラバー?商売がらみのことも含め、なにかガールフレンドに仰りませんでしたか?あるいは、ガールフレンドから京や大坂にまつわる興味深い話をきかれませんでしたか?』
グラバーは、意外にも真面目な表情で考え込む。考えながら、家屋へとあゆみはじめる。
下駄である。カランコロンと小気味よい音が、木枯らし舞う庭に響く。
着物といい下駄といい、ずいぶんと様になっている。
日本人がアメリカの某ミステリードラマの主人公のFBI捜査官を真似し、ロングコートを羽織ってもちっとも恰好よくないが、グラバーの和装は恰好いい。
当然のことであるが、アクションやファッションは体格がものをいう。
グラバーは縁側に腰をかけると、膝の上で長い指を絡ませる。
おれたちも縁側にちかづくと、グラバーがなにかいうのを辛抱強くまつ。
『ガールフレンドは、とてもやさしくて頭のよい女性だった。わたしと会話をするために、英語も覚えたんだ。かのじょは、長崎にいくのをとても愉しみにしていた・・・』
グラバーはつぶやくと曇天をみ上げ、溜息をつく。
『ご愁傷様です』
長崎云々のことは兎も角として、あらためてお悔やみを述べる。
『最後に会ったとき、ガールフレンドは教えてくれた。ちょうどその直前、ガールフレンドは数人のサムライの宴席に呼ばれたそうだ。そのとき、サムライたちは「そろそろやらねばならない。京を離れてしまったらおしまいだ」、といっていたそうだ。ガールフレンドがそれをどうして覚えていて、わたしに教えてくれたかというと、そこにいた全員がわたしにかかわりのあるサムライたちで、しかも、そのサムライたちは仲良く宴会するような間柄ではなかったからだ。さっきもいったように、ガールフレンドは、そういった仕事をしているが、世間のことをよくみききし、理解している頭のよい女性だったのだ』
なるほど・・・。
死んだ天神は、グラバーのいうとおり英語を覚えたり世情に通じているなど、そうとうできた女性だったのであろう。
それにしても、なんてことだ・・・。
おれの顔には、驚愕の表情が浮かんでいるだろう。興奮もしている。それをそのまま仲間たちに伝えたくて、背後にいる山崎と斎藤を振り返る。
「・・・・?」「・・・」
が、仲間たちはぽかーんとしている。
あぁそうか、英語か。言葉がわからないのである。
仕方なしに、足許をみ下ろす。深くて濃い瞳が、おれをみ上げている。またしても感じる違和感は別にしても、さすがは相棒、わかってくれている。
いや、相棒がバイリンガル犬というわけではない。たしかに、指示は3カ国語を解する。が、それとは違う。
単語なら兎も角、犬は人間の会話を解するわけではない。人間の精神を、精神で感じているにちがいない。
『ミスター・グラバー、この犬は、ドイツの秘密兵器の一つですよ。兵士ができないことを戦場でできるよう、犬種をかけ合わせてつくり、その上で訓練を施しています』
グラバーは、驚いたにちがいない。だが、ソッコー商売というかれらの戦場で役立ちそうな情報か、あるいは、どう役立てようか、と紐づけてゆく。
グラバーが思考タイムに入りそうになったところで、また告げる。
『それで、そのサムライたちは?あなたのどういう関係の方々なのです?』
飴と鞭の要領である。
これもまた、昔のスキルの一つってわけである。