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バイリンガルは変わり者

 ここは、いわゆる料亭旅館のような造りである。

 土佐藩は、ここをVIP専用の御用達旅館としているのにちがいない。

 したがって、玄関先に看板がかかっているわけではない。一般客には、ここが宿屋であるということすらわからないであろう。

 

 路地をのぞきこむと、裏木戸がある。山崎と斎藤に裏から入る旨を伝え、相棒とその裏木戸へむかう。


 民家や武家屋敷とちがい、商いをしているところの使用人は裏木戸から出入りすることがおおい。ここも裏木戸がつっかえ棒や閂で閉まっていることはない、と判断したのである。

 それは間違っていなかった。


 ほかのおおくの家屋とおなじで、ここも裏木戸をくぐると庭である。とはいえ、大坂でも中心地よりすこしはなれただけのところ。庭、といってもさほどおおきいわけではない。だが、梅の木が数本植わっている。いまはその時期ではないので、梅の木も曇天の下寒々しくみえる。

 

 その梅の木の間に丹前姿の男が一人立っていて、枝をみ上げている。


 日本人にしては背が高く、うしろからみても頭髪が油でかためられていることがわかる。刈り揃えられたそれは、この時分ころの日本人がする総髪というよりかは、洋風のスタイルである。


 異国人である、と確信する。


 左の掌を腿に添える。相棒は、いつもの定位置であるおれの左脚よりわずかに下がったところでお座りする。


『ハロー』


 坂本ばりに、陽気に挨拶する。


 丹前を羽織る肩が驚きに跳ね、男が振り返った。


 真ん中分けでかためられた頭髪、ひろい額、立派なカイゼル髭、そして、抜け目のなさそうな・・・。


 間違いない。webで幾度もみた、トーマス・グラバーである。


『はじめまして、ミスター・グラバー。わたしは、ソウマ。わたしのことは、ミスター・ミノムラから話がいっているかと・・・』


 英語で話しかけると、グラバーは一瞬両方のを瞠った。が、すぐに思いだしたのであろう。カイゼル髭の下の唇が左右に上がり、笑みをかたどる。

 

 そのとき、番頭らしき初老の男の案内で、山崎と斎藤がやってきた。


「土佐藩の護衛はいませんでしたか?」


 日本語に戻し、二人に尋ねる。


「でかいうすのろそうなのと、やせたうすのろそうなのがいた。が、三野村殿の使いだといったら、肩をすくめただけで通してくれた」


 山崎の言葉に、岩倉の屋敷の外で出会ったくOモン、もとい、くOモン似の土佐藩士のことを思いだした。


 岩崎に命じられて、グラバーの護衛をしているのだろう。もっとも、こうも容易に会えるのである。護衛の役目にはなっていないような気がするが。


『ミスター・グラバー、こちらはヤマサキとサイトウです。さっそくですが、ミスター・グラバー。まずはあなたのガールフレンドのご冥福を、心よりお祈り申し上げます』


 英語にかえ、紹介とともに衷心を述べる。


 グラバーの口が開きかけ、止まる。


 その表情のすべてを見逃さぬよう、集中する。


『・・・。ありがとう』


 ひさしぶりにきく、ネイティブの英語。たったの一言だが、その声音がわずかにしゃがれていることに気がつく。それは、酒と煙草をつねに嗜む者のしゃがれかたであるとも。


『このたびここに参りましたのは、じつは商いのことではありません。われわれは、京で役人をしております。ブギョウショ、というのはご存知でしょうか?』


 間髪を入れぬ問いに、かれは舌で唇をなめてから一つ頷いた。 警戒している。おれたち、というよりかは、おれのいったことに対してであろう。

 

 グラバーの日本での拠点である長崎にも、奉行所はある。日本人とのトラブルもおおいだろう。袖の下やらなんやらを渡していたり、融通をきいてもらったり、ということも一度や二度のことではないはず。

 そうでないと、長崎で円滑に商売をするのは難しいにちがいない。


「すごいな。異人の言の葉を話している」

「ああ、たいしたもんだ。坂本のより、よほど堂に入っている」

「吉村先生の言の葉はわかっておらぬのに、おかしなやつだ」

「さよう。吉村先生とは話ができぬのに、まことにかわったやつだ、主計は」


 横で、山崎と斎藤が小声で話しているのがきこえてくる。

 おれの左脚の側で、相棒がふんっと鼻を鳴らす。

 

 ええ、おっしゃるとおりです。吉村の言葉はわからなくても、英語はわかるのです。吉村と会話はできなくても、異国人とはそれができるのです。おれは、そんなかわり者なのです、お二方・・・。


 心中で、苦笑せざるをえぬ。


『われわれは、あなたのガールフレンドの死を調べる任にあたっています』


 気を取り直すと、グラバーにそう告げた。

 

 かれの緊張が、いやでも伝わってくる。

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