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身分 縁(えにし) 想い・・・

 松吉の父親、いや、こういう呼び方は失礼にあたる。これからは、松吉の父親のことをちゃんと名前で呼ぼう。あるいは、柳生の大剣豪、と。


 何年ぶりかに道場に立ったというのは、誠なんだろう。が、それはそこそこの剣士が謙遜していうべき言葉であって、中村のような剣豪の言葉ではない。


 おれたちは、完膚なきまでにやられた。いっておくが、弱いおれだけではない。斎藤も吉村も永倉も、ついでに槍遣いの原田も、十把一絡げでやられまくった。


 ここに、副長は入っていない。小癪な不意打ちをいとも簡単に返り討ちされ、すっかりいじけていたからである。

 先日こさえた擦り傷も、泣いている。

 

 兎に角、順番に相対した。いや、指南してもらった。中村は、そういうつもりではないのであろう。一人一人、刃挽きした刀からもちかえた木刀でもって、誠心誠意打ち据えてくれた。力をかなりおさえていたはずだ。

 おれが最後だったが、対峙しただけで竦んでしまった。「幕末四大人斬り」の中村半次郎や河上玄斎にも感じられない、なんともいえぬ不可解な気に圧倒されてしまった。

 それから、例のふわっとした笑みでそれが破られ、あとは思う壺である。もちろんそれは、こちらの、ではなく、むこうのという意味で。


 永倉と吉村に散々鍛えられ、最近になってどうにか二人の剣技についてゆけると自信をもちかけていた。だが、それは気のせいでしかない。

 ただ一つの慰めは、おなじ想いをしている仲間、もっとも、これはおれがそう信じているだけであろうが、兎に角、仲間がいるということである。

 しかも、中村は、木刀を閃かせながらにこにこ笑っている。これはもちろん、ドSの意味ではない。嬉しそうなのである。剣術をすることが、うれしいのであろう。まるで剣術に憧れる子どものような、そんなうれしそうな笑みを浮かべている。

 

 松吉とおなじである。このとき、道場ここを訪れたときの松吉のきらきらした相貌かおと、いまの中村の相貌それとが似ていることに気が付いた。

 それは、親子だから似ているという理由だけではない。


 それにつられ、おれたちも笑みを浮かべてしまう。ドMの意味ではない。なぜか、笑みがこぼれていた。うれしかった。剣術をしているということじたい、うれしくてならない。ゆえに、永倉も原田も吉村も斎藤も、途中から笑いながらやられていた。


 中村の剣には、そう思わせる不思議な力が宿っている。


「あんたほどの剣士が、新撰組おれたちと好き好んで付き合おうとはな・・・」


 すっかり下がった気温も、この道場内では沸点にちかいところまで上昇している。

 手拭いで汗を拭っていると、副長が中村にいう。


 中村は、驚いたようだ。


「なにゆえです?敵対しているわけではないのです。管轄ちがい、というだけのはずですが・・・」

「おれたちのおおくが、似非武士だ。それをだれもがしっている。馬鹿にし、見下している。あんたは、もともとちゃんとした藩士だ。脱藩というわけでもない」


 副長は、いまではすっかり打ち解けた口調になっている。どこか認めているのであろう。めずらしいことである。


「身分や肩書きなど、必要でしょうか?人間ひとと付き合うのに、武士であるとかないとか、必要なことでしょうか?」


 中村は、自分が使った木刀に視線を落としてからつづける。


「生きる気力、信念、それらがないことのほうが、武士でないことより性質たちが悪い。さよう、あなたがたにお会いするまえのわたしのように・・・」


 最後のほうは、ほとんどつぶやきである。


「じつは、まだ未熟者だと叱られてばかりだった時分ころ、江戸で開かれた剣術試合であなた方試衛館の試合をみたのです」


 中村は、遠いで語りはじめる。


「沖田殿の「三段突き」に、わたしは魅了されました。まだほんの童が、大人をいとも簡単に吹っ飛ばすのをみ、わたしはわがことのようにうれしかった。そして、いつか手合わせ願いたい、と叶わぬ夢までみたものです」


 意外な言葉に、一番驚き感激したのは、「鬼の副長」である。不意に右掌を伸ばすと、中村の肩をがっしり掴む。


「ありがとう。それをきいたら、総司も喜ぶはず・・・」


 声音が、わずかに震えを帯びている。もちろん、おれたちはそれをスルーする。


 原田の鞘のお蔭で、おれたちは良縁にも恵まれた。


 きっと、さらなる幸運も呼び寄せるであろう。そう信じている。

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