天然理心流卑怯バージョン対柳生新陰流
「中村殿、一つ、指南してくれやしないだろうか?」
その一言が、無刀取りの妙技の余韻に浸っているおれたちの耳を打つ。それは、さきほどの絶妙な技以上の衝撃を、おれたちに与えたといっても過言ではない。
なぜなら、それを発したのが斎藤でも吉村でもないから・・・。
「おいおい土方さん、あんた、またよからぬことを考えてるだろう?その表情、あんた、こういうこたぁ昔のまんまだな、ええ?」
永倉が、呆れたようにいう。
そう、それをいったのが副長だったからである。
後世、歴史上のイケメンとして、つねに上位にあげられる男の相貌には、これ以上ないほどの不敵な笑みが浮かんでいる。
永倉のいうとおりである。十割の確立で、理心流きたない殺法が繰りだされるにちがいない。
だが、その一方で、柳生の剣がどう応じるであろうと興味を抱く。それは、永倉らもおなじであろう。
なぜなら、口ではそういった永倉も、実際になんらかのアクションをおこすわけではない。
「新撰組の「鬼の副長」と?たいそうな剣巧者とききおよんでおります」
なにもしるはずのない松吉の父親は、恐縮している。
いったいぜんたい、その噂がどこで流れているのか教えてほしい。
「ぜひとも、お手合わせいただきたいものです」
「ええ、ならばさっそく・・・」
あまたの女性の唇を貪ってきたであろう副長の唇の両端は、いまや口裂け女なみに上がっている。
永倉が差しだした刃挽きした刀を受け取ると、超絶癖ありの正眼に構える。
なにもかもがアンバランスなその構えは、さきほどの永倉の構えと比較しようにもできない。使用前使用後、整形前整形後、といった雑誌に載っている比較写真もびっくりである。
松吉の父親は、やはりできた男である。天文学的にひどい構えをみても、さして表情をかえることはない。さきほどとおなじく無掌のまま、それを両太腿にだらりと下げているだけである。
永倉のように完成された剣士ではないからか?永倉が気を呑まれたような感じはいっさいなく、副長はじりじりと間合いを詰める。
体は開きまくり、脚も同様。剣先は、明後日の方向を向いている。その剣先は、じょじょに床へと下がってゆく。
副長が足袋を履いていることに、そのときはじめて気がついた。
めずらしい・・・。
そう思う間もない。「トンッ!」という小気味よい音の直後、白い塊が副長の体から飛ばされた。そう、まさしく発射された。それは、すさまじいはやさで、松吉の父親の顔へと飛んでゆく。
「くらえっ!」
雑魚キャラの発しそうな気合の一声。同時に繰りだされる十八番の脛斬り・・・。
「・・・」
全員が、それを呆然とみつめる。
副長の脛斬りは、不発におわった。いや、正確には、繰りだしきれていなかった。左下方から横薙ぎにされたその一閃。それは、松吉の父親の右脚を打つまえに、受け止められていた。副長が脚から飛ばした白足袋で。
松吉の父親は、その白足袋が相貌にあたるまえにそれを右の掌で受け止め、それをグローブがわりにし、右肩をぐっと落として副長の渾身の脛斬りを受け止めたのだ。
三本しか指のない左の徒手が、がら空きになった副長の頸筋にあてられている。
「ご無礼を・・・」
汚い殺法を見事なまでに打ち破られ、まだ呆然自失のていにある副長。松吉の父親は、白足袋を返しながら詫びる。
「天然理心流は、おもしろき技を遣うのですな」
万事に鷹揚な松吉の父親は、そういってから快活に笑う。
いや、松吉の父親よ。理心流に、こんな汚い技などあるわけがない。
心のなかで、そう語りかけてしまう。
同時に、道場にあらわれたばかりか、こんな姑息な手段を練り、ちゃんと準備していた副長。
やっぱすげぇ、とあらためて実感する。