無刀取り
癖のない、それでいて神速かつ力強い永倉の真っ向斬り。しかも、遠間の位置からの。
永倉に幾度かぼこぼこにされているうちに、永倉ほどきれいな剣を遣う剣士などいない、とつくづく感心する。正確には、きれいだが強烈であろうか。しかも、脚さばきが尋常ではない。間の取り方がうまく、それでもって間、そのものがないのである。永倉に間合いは必要ない。近間だろうが遠間であろうが、その位置から攻め、あるいは受けることができる。器用だけの問題ではない。感覚そのものが、すぐれている。
その永倉の一撃。刃挽きした刀とはいえ、あたればただではすまない。頭部にまともにあたれば、頭蓋骨が陥没してしまう。
しかも、おれのときとは違い、この真っ向斬りはマジである。まさしく、渾身の一撃といっていいほどのスピードと重みがある。
とはいえ、一瞬の出来事。実際、繰りだされたこの動きについてゆけているのは、永倉に幾度もぼこぼこにされたからである。そう、身をもってしっているから。恥ずかしながら、新撰組で鍛えられ、上達したからというわけではない。あくまでも、ぼこぼこぐちゃぐちゃにされているからである。
気がつけば、永倉のがっしりとした体が宙を舞っていた。
いったい、なにが起こったのか・・・。みえなかった。ほんとうに、はっとしたときには舞っていたのである。いや、舞っているのをみ、はっとしたのか。この際、どうでもいい。
さすがは永倉。舞いながら右掌を柄から離し、道場の床に体が打ちつけられるまえにそれをつき、床板への激突は免れた。
そして、そこから松吉の父親のほうへと視線を転じると、かれは腰を落とし、両方の掌をあわせて見事、永倉の刃を受けている。
「参った。すごいな・・・」
永倉の口から参った、とでてくるなんて・・・。
松吉の父親は、永倉が体勢を整えると両掌をゆっくりと動かす。掌が、ゆっくりと刀身をすべってゆく。まるで刃の味をじっくり堪能しているかのようである。あるいは、愛撫するかのような。そして、その余韻を充分愉しんでから、刃挽きした刃はようやく開放される。
「迷いのない美しい剣ですな、永倉殿。真剣に立ち会いたいと思わせてくれる剣士は、そうそうおりませぬが、あなたとなら存分にやれそうです」
松吉の父親の両瞳は、完璧なまでに剣士のものである。そして、その気迫も。
おれたちは、もしかすると眠れる龍を起こしてしまったのかもしれない。あるいは、獅子か虎を。
無刀取りとは、相手に斬られない為の技だという。斬る気まんまんの相手から、斬られずにすませる為の不敗の技だと・・・。
ここにまた一人、尊敬できる剣士があらわれた。
このときみた無刀取りの技は、一生忘れないであろう。