タッグあいなるか?
狭苦しい路地裏である。京特有の鰻の寝床の家屋らしく、両脇の木造家屋の壁はずっと向こうまでつづいている。大人一人が立つのがやっとの幅しかない。
まだ半信半疑の三人を、路地の奥へと連れてゆく。
路地裏を抜けると、堀がある。堀といっても、生活用水用の狭いもの。ここらに住む人々は、ここで洗いものなどをするのである。
夕餉の時刻をすぎたいま、ここに人の気配はない。
大人七人と犬一頭。しばしの間なら、だれにもみられることもしられることもないはず。
そして、相棒の耳鼻センサー。この優秀なセキュリティシステムの網をかいくぐってちかづける者など、いるはずもない。
「さっそくだが、おたくのボス、ああ、ボスという異国の言の葉の意味、わかるであろう?」
あらためて向き合うと、山崎は三人に尋ねる。さすがに、海援隊の一員である。坂本から社長やら上司やらの英語はきいたことがあるのだろう。三人とも、間髪入れず無言で頷く。
「よろしい。おたくのボスが、さまざまなところから狙われているのはしっているな?」
「ああ。おたくらも、であろう?」
陸奥は、鼻を一つ鳴らしてから非難がましくいう。とはいえ、斎藤のほうをちらちらとうかがっているところなど、言葉ほどの度胸はもちあわせていないらしい。
沢村や甥っ子のほうが、肝が据わっているように感じられる。
いまここに、おれをのぞけば六人いる。明治期まで生き残るのは、四人。内二人は、そう遠くない時期に死ぬ。
山崎と沢村、である。
山崎は、年明けに起こるはずの鳥羽伏見の戦いで重傷を負い、その傷がもとで死ぬ。そして、沢村は、坂本亡き後海援隊を率いて長崎にゆき、そこで無人となった長崎奉行所に入って町の警備をおこなう。その際、薩摩藩士を誤って殺害してしまい、そのけじめをつける為に切腹する。
こうしてみていても、沢村はなんでも器用にそつなくこなしそうであるが、どこか要領の悪いところもうかがえる。
「ああ、以前は。だが、幕府から捕縛の命は解除された。ゆえに、われわれがおたくのボスを追う理由も義理もない」
「陸奥、めっそにしちょき。龍馬さんも、新撰組のことはなんちゃーがやないだ、といっちょったがろう」
沢村が、陸奥をみあげてたしなめる。陸奥は鼻を鳴らしただけで、さして気にする様子もない。
「すみやーせん。ほき、あしらぁのボスになにかある、とでもいうがかぇ?」
沢村は、視線を陸奥から山崎へと転じ、声を潜めてきく。
かれらも、かれらなりにそれを予見し、対策を練り実行にうつしている。その一つが、「酢屋」から「近江屋」へと隠れ家をうつしたことである。
「ああ、そのとおり。われわれが入手した情報では、もう間もなくだ」
山崎の非情なまでの言葉に、三人ははっと息も言葉も呑む。予見してはいても、あらためて突きつけられるとだれだってショックであろう。
だが、坂本の甥っ子は気丈である。性質まで似ているのか、坂本似の相貌にさっと動揺がよぎったが、すぐにそれを振り払った。かえって陸奥のほうが、同様の色がありありとあらわれている。
「じつは先日、きみらのボスとうちのボスが会ってね。その際に忠告したのだよ。だが、きみらのボスは、まだやらねばならぬことがあるから、とうちのボスのそれをききいれてはくれなかった。うちのボスは、きみらのボスとは浅からぬ因縁がある。あきらめきれぬ、というわけだ」
山崎の語り口調は、なかなかのものである。三人は、すっかりききいっている。
「そこでだ。本人には内密に、どうにか死なぬようにしたい。それが、うちのボスのご要望だ。それには、われわれだけではかなえられそうにない」
「われわれに協力しろ、と?」
陸奥がささやく。声音はざらつき、しきりに唇を舌でなめている。後年「カミソリ大臣」と呼ばれる男は、緊張のなかにあっても頭脳をフル回転させているようだ。
「ばかをいってはいかんちや、陸奥。あしらぁが協力したちらうのじゃーないがか。いや、あしらぁが頼やーせんといかんのだ」
「お願いするがで。どうか龍馬おじを助けとおせ」
沢村、そして、甥っ子である。
「信じていいんだな、新撰組?」
さすがは陸奥である。こんなときまで上から目線。あいかわらず、斎藤を気にしつつであるが。
「ええ。新撰組は、ボスだけでなく組長二人、伍長にほかの監察方が協力します。そして、それ以外にも、同心や目明しも。ついでに、元極道も。坂本さんを助ける為に、極秘に動いてくれます」
そう告げながら、掌を差しだす。これもまた、坂本から教えられたのであろう。まずは甥っ子が、自然な動作で掌を差しだしてくる。ついで、沢村。陸奥は、一拍おいたが、それでも差しだしてくる。まえの二人よりも力強く、握手をかわす。
副長、永倉、原田、林、吉村、そして、松吉の父親と数名の東町奉行所の同心と目明し、原田と仲のいい西町奉行所の目明しの小六、元極道の蕎麦屋の仙助・・・。
坂本を、最高の面子で歴史的事件から助けるのだ。
運命そのものを、かえるというわけだ。