肩の荷の重み
「くそっ!じゃあ、見廻組が坂本を殺り、それをおれたちのせいにしやがるってか・・・」
永倉は、拳をつくると原田の頭を軽くこづきながらつぶやく。
「左之、おまえが鞘なんぞ放り捨てるからだぞ!」
「すまん・・・」
原田も、ここにきてやっと事の重大さに気がついたのであろう。
しょげもん状態になる。
「たしかに、鞘を放り捨てることはいただけませんが、それがあろうとなかろうと、連中にとってはどうでもいいことでしょう。呑み屋に居合わせた目明しの話をたまたまきき、渡りに船で入手したにすぎません。それがなかっても、なんらかの方法で新撰組にまつわる、なにかを手に入れたはずでしょうから」
山崎である。
副長は、眉間に縦皺を刻んだまま一つうなづく。
「山崎のいうとおりだな。それは兎も角、それを証言するのがおねぇってところが、げせんな。おねぇは薩摩よりだ。見廻組のかたをもつ意味がわからん」
「新撰組を陥れるため?ということでしょうか?」
「ふんっ!資金を提供してやろうってときにか?ああ、それなら、資金は薩摩に提供してもらえばいい・・・」
副長は、島田の考えを一笑にふしながら、灰かき棒で灰を無駄にかきまわす。
「で、新撰組は?どうなる?」
永倉は、どこかうれしそうである。
さすがは、「戦う男」である。敵を作ることも、敵の攻撃にさらされることも、「がむしん」にとっては刺激とやる気にしかつながらないらしい。
「だれが信じるものか、かような世迷言」
副長は、鼻を鳴らす。
えっ?という表情で、副長をみる永倉、原田、山崎、島田の四人。
さすがは副長である。頭のキレが違う。
「これみよがしに残されたなにかなど、だれかがだれかに罪をひっかぶせる為の常套手段でしかない。方言もしかり、だ。そしてなにより、主計は最初から見廻組の名しかだしちゃいねぇ。というこたぁ、すくなくとも将来の人間は、見廻組だって思ってるってこった。新撰組ではなく、な」
四人は、「おお」とうなる。
「副長のおっしゃるとおりです」
副長の言葉を裏付けるため、説明する。
「じつは、殺されるのは坂本だけではありません。中岡に、世話をしている小者もです。ただ一人、使い走りの少年が、そのときも使いにでていて難を逃れます。坂本はそこで死にますが、中岡は土佐藩邸に運びこまれ、そこで間もなく死にます。それは兎も角、事件の直後、坂本率いる「海援隊」、中岡率いる「陸援隊」が、証言があった当初怒り心頭している時期に騒いだ程度で、だれもが信じませんでした」
「新撰組は、坂本の捕縛の命が解除されて以来、それを忠実に護っている。見廻組のほうが、表立っても裏であっても、よほど不穏な噂を立てているからな」
山崎が、二度三度と頷きながらいう。
「黒幕は?見廻組に殺らせたのは、いったいだれだ?否、どこだっつったほうがいいか?」
しばしの沈黙の後、副長が押し殺した声音できいてくる。
剛速球のストレート。真向かいに座すおれへと、容赦なく投げられる。
二人の瞳が、たがいを映しだす。
ほかの四人も、おれをみている。
副長だけをみつつ、肩をすくめた。
「黒幕は、わかっていません。いくつかの説があるだけです」
正直に答える。
ほうっと、だれかが息をもらす。
おれも、緊張している。
坂本暗殺事件の概要を、かれと同時代に生きる人たちに、ようやく伝えることができた。
これでおれの肩の荷、胸のつかえが取り去られたわけではない。
だが、仲間たちにきいてもらえたことで、すこしは軽くなった気がする。
そして、わずかでも光明がみえた気も・・・。
それは、死ぬ運命にある者のそれを、かえることができるかもしれない、という期待につながる希望の光なのであろう。