副長の部屋を駆けよ!馬と鹿!
いわゆる密談である。
それでなくてもせまい副長の部屋のなかで火鉢を囲み、文字通り膝突き合わせ、額をよせあっている。
長身の原田、巨躯の島田のおかげで、よりいっそう圧迫感がある。
副長は、おれたちをひととおり睨みつけてから、口を開いた。
山崎と島田は、生真面目な表情で副長をみつめている。
よくもまぁ、ふきださないものだ・・・。
副長をみつめる二人をみつめながら、心底感心する。
「先日の主計と兼定の探りをもとに、山崎と島田にも探ってもらったが、やはり、あれはみつからねぇ・・・」
あれというのは、原田の刀の鞘であることはいうまでもない。
「なぁ土方さん、おれだったらべつにかまわねぇよ。当分、無腰でいりゃいいし、刀なんぞ懐紙で巻いて家に置いとくさ」
「馬鹿いってんじゃねぇ!」
「馬鹿じゃねぇのか?」
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿なことを!」
原田は、けっして悪気があったわけではないと思う。自分のことでおおげさに騒いでいるのを、心底うんざりしているし、申し訳なく思ってのことなのであろう。
その思いが、つい口をついてでてしまったにちがいない。
それに即座に反応し、でてきた馬と鹿・・・。
副長、永倉、島田、山崎・・・。似たり寄ったりの表現。
だが、その後が微妙にちがう。正確には、永倉だけがほかの三人とは受け止め方がちがうようだ。
「左之、そんな問題か?そりゃ、おまえは槍遣いだし、左腰がすーすーしててもどうもないんだろうが、抜身のまんま置いといたら、はやくいたんじまうぞ。せめて、あたらしい鞘をつくったほうがいい」
「・・・。平助に戻ってこいっていっちまったのを、おれは後悔してるぜ、主計?」
おおきな溜息とともに、副長の嘆きが火鉢のかすかな火のなかへと落ちてゆく。
ちちち、と蝋燭の灯心とはまたちがうささやかなくすぶりが、静かな部屋のなかに響く。
「副長、ご心配には及びません。藤堂さんもそこそこ、です。それに、さすがに屯所には戻ってはこれますまい」
つぎは、山崎の低い囁きが、畳の上をはってゆく。
そこそこ、という意味はあえて問うまい。それに、そこはいまの問題とは関係がない。
藤堂は、御陵衛士を片付けた後、江戸に戻ることになった。そこで、ほとぼりをさまそう、というわけだ。
「このさい、鞘自体、それから、それがおめぇのものだってことはどうでもいいんだよ、左之」
副長は、出来の悪い子に教える寺子屋の先生のように丁寧にいう。
「それが、新選組のものってことが問題なんだよ。左之、忘れたわけじゃあるまい?姉小路公知のことがあっただろうが、ええっ?」
「姉小路?ああ、そういや、そういうお公家さんが暗殺されたっけか?」
原田は、視線を天井へと泳がせながらいう。
姉小路は、攘夷派の先鋒であった。
ある初夏の深更、姉小路は、夜更けまでつづいた会議から戻る途中で刺客に襲われた。姉小路は、斬られながらも奮戦し、自邸まで辿りついてそこで力尽きて死んだ。
その現場に残されていたのが、「幕末四大人斬り」の一人薩摩の田中新兵衛の刀であった。
この突っ込みどころ満載の遺留品のおかげで、田中自身は捕縛されて取り調べ中に自害、薩摩藩はていよく御所の警備からはずされたのである。
理由や真犯人は、現代でも解明されていない。諸説はあるが、当時、姉小路は勝海舟の説得で開国に傾きかけていたという。それを、尊王攘夷派が天誅を加えたのではないか、というのが有力な説のようだ。
「どんくさい話だ。得物を落としちまうなんざ。おれは、ちがうぞ。必要ねぇから放り投げたんだ。ああ、そうだ、わざとだ。落としたんじゃねぇ」
うんうんと幾度も頷きながら、自分を肯定する原田左之助。
またしても「吉本O新喜劇」の一場面をみているかのような錯覚に陥った。