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お説教  廊下編

 局長、永倉、原田、そして、おれの四名は、副長の部屋のまえの廊下に一列に並ばされた。そして、お小言をもらった。小学校のときに担任の先生から叱られたときのことを、思いだしてしまう。


 おれたち四人は面を伏せ、薄汚れた廊下の塵やら埃やらをじっとみつめた。その状態で、副長のお小言にさらされた。


 正直、顔を上げられない。申し訳ないという気持ち以上に、二枚目の相貌かおの擦り傷が、おかしくてならないからである。


 お小言をきいている最中でも、それを思いだすとふきだしてしまう。ゆえに、きいているふりをし、よそごとを考え、意識をほかへと向けなければならない。


 横の三人をちらりとみる。三人とも、両肩がかすかに震えている。おれの両肩も、おなじように震えているであろう。

 

 それにしても、あのスライディングは見事だった。プロ野球選手でも、あれほど見事なスライディングは野球人生のなかで一度あるかないかであろう。もしもお笑い芸人であったら、「命がけのネタ」的に大ブレイク間違いなしである。


 そうだ、あれを剣術に取り入れればいい。まずは敵に向かってダッシュし、遠間に入ったと同時に滑り込む。もちろん顔面から。砂利道だったら滑りにくいかもしれないが、うまくいけばより効果的なはずだ。滑り込み、止まったさきが敵の懐のうち。敵をみ上げたその顔面が、血まみれだったらばっちりである。

 敵は、びびるだろう。いや、すごい勢いでひくだろう。


 新撰組の「鬼の副長」、このイケメンがおこなうことに意義がある。副長は、このスライディング攻撃を、自分の喧嘩殺法にぜひとも取り入れるべきだ。


「局長、あんたまで一緒になってなにをやってるんだ、ええっ?あんた、書類仕事がたまってるだろう?」


 副長のお小言はつづく。しかも、局長ばかりが頭ごなしに叱られている。


 申し訳ないことをしてしまった。局長は、いまでは両肩の震えもなくなっており、しゅんとなってきいている。

 なんだかかわいい・・・。


 いやいや、ほっこりしている場合ではない。おれの所為で叱られているのである。


「あー、副長・・・」

「おめぇは黙ってろ、主計。おれはいま、起こったことにたいしていってるんじゃねぇ。上に立つ者のけじめについていってるんだ」


 いいかけると、副長がぴしゃりとさえぎる。


 局長が、ますます気の毒である。


「あー、すまない、歳・・・」


 そのタイミングで、局長が気弱な笑みとともに謝る。


「歳、いちいちもっとも。今後はもっと気を付けよう・・・」


 その笑みは、「局長マジック」のアイテムの一つである。


 これをみせられれば、「局長のためならなんでもやります」、「許します」、「命をかけます」、といってしまいたくなる不可思議な魔力を備えている。

 

 さらに、局長のごつい顔にぱあーーーっと晴れやかな笑みがひろがる。


「まことにすまなかった、歳。まことにすまなかった、歳」


 それから、いつものように副長の肩らや胸元やらを、おおきく分厚い掌でところかまわずば叩きまくる。


 もちろん、これも「局長マジック」の一つである。


「仕方ねぇな・・・」


 さしもの副長も、この「局長マジック」には弱い。観念したのか、そう呟いた擦り傷だらけの相貌かおに、苦笑が刻まれる。


「ちょうどいい」


 副長は、局長が執務室がわりの客間にひきとるのをみ送ってから、おれたちに向き直る。


「例の鞘のことで、おめぇらを呼ぼうと思っていたんだ」


 その一言に、原田とこっそり視線をかわしあう。


「主計さん、みてみて。兼定、きれいになったよ・・・」


 声がきこえ、それが市村のものだと認識するよりもはやく、相棒を連れた子どもらが、いや、相棒が子どもらを連れて駆けてきた。

 

 あの後、残った吉村や島田、山崎、林、子どもらや隊士たちで、相棒をきれいにし、ありったけの手拭いをつかって拭いてかわかしてくれたのだ。


 まさかの副長の乱入で、島田プロデュースによる「スイーツビュッフェ」ならぬ「お汁粉食べ放題」は中止になった。

 あ、いや、それは延期になったのかも、であるが・・・。


 子どもらは正直である。そして、ある意味残酷でもある。


 庭に並び、擦り傷をこさえた副長をみつめる。そしてなんと、くすくすやらふふふやら、笑いだした。もともと剛毅な市村などは、大人の事情や世界など、遠い遠い未来のものである。げらげらと腹を抱えて笑う。


 その世界に生きるおれたち三人は、正直、生きた心地がしない。


「よかったな、兼定。傷一つないきれいな顔になって・・・」


 子どもらの笑い声にまじり、副長の十八番おはこの一つである皮肉が炸裂した。


 お座りしている相棒は、それをすました顔で受け止める。


「副長、副長、向う傷です。よかったですね」


 さらに追い打ちをかける市村。


「おめぇら、はやくこいっ」


 副長は、低く凄味のある声でおれたちを恫喝すると、くるりと背を向け自室に入ってしまう。


「つぎは座って半時(約一時間)、だな」


 永倉の予言、というよりかは断言に、原田もおれも溜め息しかでない。

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