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お犬様のシャンプー

 いまや屯所の庭は、混乱をきわめまくっている。まるで、宇宙から異星人エイリアンが襲来したかのようである。

 おれたちは一丸となり、決死の攻守をおこなっている。


「そっちだっ!」「うわーっ!」「くそっ!」「ぎゃー」


 大の男たちが、たった一頭の犬に翻弄されている。そのさまは、その犬の相棒たるおれのをとおしてすら、めっちゃ笑える。


 実際、腹を抱えて笑っている。


 だが、この追いかけっこを、みな、案外愉しんでいるようにもうかがえる。


 相棒をなだめすかし、沢庵でつり、どこぞの国の王様のごとき扱いで庭まで連れてきた。そこまではよかったが、相棒は、すでに察知していた。超不機嫌だ。それを、隠そうともしない。


 打ち合わせどおり、庭にあらわれた瞬間、相棒に縋り付いたおれと永倉ごと、局長と吉村が盥から桶ですくった残り湯をぶっかけだした。


 そこからが、修羅場だ。まず、おまささんの高価な石鹸を、相棒の体毛にこすりつけた。そのにおいは最悪で、これはきっと、毛が乾いたらさらに奇妙なにおいになるであろうことが、容易に想像できた。


 おなじ高価でも、女性好きしそうな「ラッOュ」や「ザ・ボディ Oョップ」のソープとは、似ても似つかない。さらには、「花O」や「マッOス」といった、国内メーカーのものとも違う。これぞ原型、というものだ。においはさることながら、泡もたたない。ほんとうに汚れが落ちるのか、と疑いたくなる。


 そんな疑惑をよそに、相棒は、おれの掌からするりと潜り抜け、つぎに控えていた局長や吉村、林のそれをも潜り抜け、猛然とダッシュした。もちろん、援護部隊が捕獲にのりだす。


 そして、事態は一気に悪化、喧騒と混乱をきわめたわけだ。


「いったい、なにやってんだ、おめぇらっ!」


 相棒捕獲に奔走し、翻弄されているおれたちの耳に、その一喝が轟いたのは、この攻防をつづけて三十分が経過したころである。


 その怒鳴り声の持ち主は、ただ一人しかいない。


 胸元で腕を組み、仁王立ちになり、トレードマークの眉間の縦皺もくっきり刻まれている。

 おれたちは、いっせいに動きを止めた。ついでに息も・・・。それから、その男に注目した。


「鬼の副長」・・・。


 鋭い鬼のが、庭を睨みまわしている。そして、瞬時にこの状況を把握したはずである。


「局長、あんたまでいったい・・・」


 局長の姿をみとめ、副長の眉間にさらなる皺があらわれた。


「歳っ!兼定だっ、捕まえてくれ」


 局長の叫びどおり、相棒が副長のいるほうに一直線に向かっている。


 副長は、その叫びに反射的に動く。すなわち、仁王立ちの恰好から、迫りくる相棒へと両掌を伸ばしたのである。

 

 相棒の四肢が地を蹴る。宙をゆっくりと跳ぶ相棒。そして、目標物を見失い、空をきる副長の両掌・・・。


 相棒の脚が、副長の天使の輪が光るさらさらの長髪を蹴る。それを土台に、さらに高く跳ぶ相棒・・・。


「どさっ!」

「ざざざっ!」、という擬音がつづく。


 相棒に足蹴にされた上に、勢い余って顔面から地面にダイブ、そのうえ、スライディングまでしてのけた副長・・・。


 おれたち全員、それを目の当たりにした。


 またしても、だれもが言葉を呑んだ。さらには、息をするのを忘れた。

 

 もしかすると、この後、切腹せねばならないかもしれない・・・。



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