入隊
「なぁ相棒、なにか知ってるのなら教えてくれよ・・・」
おれは、不意になんともいいようのない感情が心の奥底から湧いてくるのを抑えきれなくなってしまった。
思わず、相棒の頭を抱きしめる。
小さな生命と接するうちに、立ち直ることができた。
そういうと、さも簡単そうにきこえるかもしれないが、実際のところはおれ自身辛く苦しいことにぶち当たって必死に抵抗した。
ゆえに、そんなに簡単なことではなかった。
あのまま、社会と自分の精神の闇に埋もれてしまってもよかった。
す
きっと楽だったろう。
だが、おれには相棒と「之定」という二つのけんがあった。
「これから、どうすればいい?」
相棒の瞳には、おれが映っているだけだ。
そこに、幾つかの疑問に対する答えがあるわけもない。
それでも、問わずにはいられない。おおくの疑問を・・・。
それらは、幕末にきてしまったことに対してもだが、幕末でのこれからのことの方がよりおおい。
「まだ起きていたのか?」
建物の陰からあらわれたのは、土方である。
すでに相棒は、わかっていた。
その方向を向いていたからである。
「あいつら・・・」
土方は、膝を折って相棒と向き合っているおれの傍までくると歩を止め、客間の方に視線を向ける。
永倉と原田の鼾に、眉間に皺が寄る。
「あれじゃぁ眠れねえな・・・。酒、呑まされたろう?いけるくちなのか?」
「付き合い程度です」
「ほう・・・。その割には、あの二人相手にけろっとしているな」
土方は、そういってからみじかく笑う。
実際は、杯を舐めてやり過ごした。
これは、囮捜査官の時代に培われた技術である。
「土方さんは?こんな時刻・・・、刻限まで、他出されていたのですか?」
「ああ、これでも一応は副長だからな。なんやかんやと付き合いがある・・・」
土方は問いに答えてくれたものの、どこか上の空だ。
「なぁ相馬、おめぇどこかゆくあてはあるのか?」
奇妙な問いである。
みたこともない衣服を身に着け、異国の狼犬を連れた男が突然あらわれた。
それを屯所につれかえり、ゆくあてをきいている。
み上げると、土方がみおろしている。
その瞳にも、おれが映っている。
それがみえたことに驚いた。
一人と一頭の瞳・・・。
土方はなにをしっている?
土方は、おれをまっていた。いや、おれたちをまっていた・・・。
「土方さん、おれたちにゆくあてなどありませんよ」
相棒の肩のあたりを軽く叩いてから立ち上がる。
「あるとすれば、元の居場所だけです」
歴史上で尊敬する男と、しっかりと視線を合わせる。
男も、おれの視線をしっかりと受け止める。
「ああ、わかってる」
尊敬する男は、ただ一言だけ答えた。
それがどういう意味なのかは、わからない。
「おれが居たところは、まったく違うところです。おれには・・・。おれは、あなたたちのことをしっている。いや、しっていました」
「ああ、そうだろうな・・・」
土方は、やはりわかっている。
「いや、うまくいえねぇが、おれはおめぇを利用しようとか、そういうつもりじゃねぇ・・・。いや、やはり、新撰組にいれば利用することになるか・・・。すまねぇ、おれもどういえばいいのか正直わからねぇんだが、これもなにかの縁だと思ってな・・・」
土方が口ごもりながら話すことにも驚いたが、そのなかにでてきた単語にも驚く。
「おめぇが元の居場所に戻れるかどうかわからんし、その手助けができるかどうかもまったくわからん。だが、ここにいる間は・・・」
「土方さんっ」
尊敬する男の名を叫ぶ。
「置いて下さい。元の居場所に戻れるまで、おれはあなたの下で、おれのもてる知識と経験をふるいます。相棒の兼定とともに・・・」
一気にまくし立てる。
たった一つの単語「縁」が、迷いや不安を捨てさせ、決断する勇気を与えてくれた。
それがおれに相棒を与え、新しい人生をあゆませてくれた言葉であるから・・・。
この夜、おれは新撰組に入隊した。