戻ってこいよ・・・
「伊東先生に、充分義理立てされたのではないですか、藤堂さん・・・」
さらに間を詰める。
誠にきれいである。可憐、といってもいい。たしかに、こんなかわいさだったら、おねぇをはじめとした好き者は、だまってはいないだろう。いや、我慢できないだろう。
おねぇの藤堂への仕打ちは、結局、副長に寝取られたことによる悔しさ、そして、愛情の裏返しだったのか・・・。
誤解もいいところである。おねぇは、副長がノーマルだとわかっていないのか?おねぇ自身の弟である鈴木や篠原は、そこんところを教えてやらないのだろうか?
「先生は、たとえ女を抱いていようと、男も抱くものだと。女とは、子孫を残すためにおこなうだけ。男とは、情のために睦み合うもの・・・。そうおっしゃっている」
藤堂は、おれを上目遣でみ、両肩を竦める。
いや、たしかにおねぇのいうことは間違ってはいない。衆道とは、そういう一面もある。
「いえ、藤堂さん。もうそのことはこの際、どうでもいい。疑われようが勘違いだろうが、兎に角、あなた自身のことを、どうにかしなきゃならない・・・」
正直、恥ずかしい。若い男二人が、狭い部屋で向かいあい、マジな顔してする話題だろうか?しかも、どちらも衆道ではない、はず。
こうしている間にも、いつなんどき篠原が呼びにくるかもしれない。
「山南さんは、おそらく、先生に殺られたんだ」
畳の上の蝋燭のささやかな炎が揺らめいた。おれたちの影もまた揺らぐ。
おれにはそれが、藤堂自身の心の揺らめきのように感じられた。
「剣の腕が立つだけでなく、聡明でやさしい方だったのでしょう?伊東先生に殺られたとは、どういう意味なのです?」
web上で伝えられている山南の人物像をいってから、その意味を問う。
藤堂がおれをひっかけるわけもないが、さきほどのおねぇとのやりとりで、やる」というフレーズは要注意。気をつけるにこしたことはない。
「新選組をどうにかする為に、先生はまず山南さんを抱き込もうとしたはずだ。ああ、これは相馬君、さきほどのような意味じゃない」
「ええ、わかっています」
苦笑してしまう。
「思想のことですよね?」
確認する。
「そう、なにせ同門だからね。山南さんは生真面目にきいたろう。きっと、先生と土方さんの間に入って、どうかなってしまったのかもしれない」
藤堂は、一瞬だけ双眸を脚下に落としたが、すぐにそれをあげる。
両方の瞳から涙がこぼれた。一つ、また一つと。それは頬をゆっくりと伝って落下し、畳へと吸い込まれてゆく。この薄暗さではわからないが、畳にシミができているにちがいない。
藤堂の推測は、当たらずとも遠からずなのかもしれない。両者のはざまで、山南は精神的に参ったのかもしれない。あるいは、どちらかをとる選択をしたことにより、とらなかったほうから過度のプレッシャーをかけられたのかも・・・。
「やはり、わたしはいけないよ」
その一言が、おれを打ちのめす。だが、おれもこのまま引き下がれない。藤堂もまた、おねぇ同様新選組に殺られるのだ。それをしっていて、かれをこのままおねぇのもとに返すわけにはいかない。沖田同様、かれもいい男である。こんないい男、死なせるわけにはいかない。
なにより、土方歳三が悲しむだろう・・・。
「一君が金子を盗んで消えたことを、篠原さんたちが疑っている。ここでわたしまで消えたら、新撰組が先生を暗殺することを教えるようなものだ」
藤堂にはまだつづきがあった。そういいきると、藤堂は鼻をすすり上げ、指先でさっと涙を拭う。
藤堂のいったことがウエルニッケ領域に到達するよりもはやく、掌が勝手に藤堂の肩を叩いている。
藤堂のいうことは、まさしくどんぴしゃである。
「情報は流すよ、一君にかわって。だから、算段をしてほしい、と土方さんに伝えてくれ、相馬君・・・」
おれの相貌全体が、あかるく輝いたにちがいない。それほどまでに、藤堂の決断がうれしい。
「藤堂君、そろそろ刻限だぞ」
篠原が呼びにきた。
おれたちは、いかにもいい合いの果てに喧嘩別れをしたていを装った。
それから、たがいに「角屋」をあとにした。
任務は成功した。いや、そんなことよりも、藤堂が戻ってきてくれることが、最高の成果であり、褒美となった。