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疑わしき仲

「藤堂君、また・・あなたですかっ!」


 おねぇは、顔だけを廊下側へと向け、詰問する。


 無理もない。おれがおねぇでも、前回につづいてのこの「邪魔しい」をなじったであろう。


 もちろん、おれはおねぇではない。ゆえに、またしてもグッドタイミングに現れ、ピンチを救ってくれたかれに、熱い感謝の気持ちを伝えたくなる。


「いったい、何事です?呼ぶまできてはいけない、とあれほど厳命したではありませんか?」


 おれにおおいかぶさったまま、おねぇはヒステリックに怒鳴り散らす。


 そうか、そんな厳命が下っていたのか・・・。


 おねぇの下で、しばしわずかな安堵に身をゆだねる。


「も、申し訳ありません、先生・・・。厠から戻る中途で、怒鳴り声がきこえましたゆえ、もしや、先生に危急でも・・・」


 藤堂は、廊下に立ったまま、おれたちを、いや、おねぇのほうをチラみしながらいい訳する。

 そのさして長くない台詞の間に、かれは二度、舌で自分の唇を舐めた。そして、視線は、たえず室内をさまよいつづけた。


 おねぇと、視線(それ)を合わせようとしない。

 その様子を、おねぇにおさえこまれ、おおいかぶさられた姿のまま、冷静に観察する。


 藤堂は、嘘をつくのが下手糞だ。一つ一つの仕種が、かれがまことのことを述べていないということを、如実に物語っている。


「怒鳴り声ですって?案じる必要などありません。すくなくとも、あなたに案じていただかなくて結構です、藤堂君」


 ずいぶんなものいいだ。

 藤堂は同門の弟弟子だし、控えめにいってもきれいな顔である。背が低いだけで、若々しい生気に溢れてさえいる。


 おれなどより、よほどBLに向いているではないのか?


 おねぇの下で、藤堂のきれいな顔立ちをしげしげとみつめる。


 そういえば、先日、高台寺で話をした際、おねぇは自分にみ向きもしない、というようなことをいっていた。


 不可思議でならない。藤堂は、ノーマルなのであろうか?きっとそうなのであろう。なぜなら、まだかれが新撰組にいた時分ころ、永倉と原田が、「三人で、島原で一晩中芸妓と遊びまくった」、といっていた。もちろん、それだけでは判断材料にはならない。おねぇ自身は江戸に妻がいるし、原田もおまささんがいるのに疑わしい。


 たとえば、道場で先輩が襲いかかってきたり、強要してきたら、どうしただろう。

 もちろん、それは竹刀や木刀で、というパワハラ系の話ではない。セクハラ系の意味である。

 

 両者の間になにかあったのか?もしもおねぇが、誠に藤堂のことを気に入っていなかったり、なんとも思っていないのなら、藤堂が誘った新撰組への加入を、そもそもするだろうか?


 おねぇは、当時、江戸でも名がしれ渡っている新撰組を、最初はなからどうにかするつもりで、あるいはそこを基盤に、自身の思想に基づく信念を遂げようと、やる気満々だったのだろう。だから、藤堂を気に入っていようと逆に憎んでいようと、渡りに船的にのったにちがいない。


 藤堂とは、ほとんど付き合いはない。が、話をしたかぎりでは、そういやなやつという要素はまったくみ受けられない。

 かれに対するイメージは、「ほっとけないかわいい後輩」、である。


 そのかれが、おねぇのなにに触れて、こんな扱いになってしまっているのか・・・。


「先生、主計もちがいます。従兄弟の主計も、おれとおなじです。いくら先生が力づくで攻めようと、かれは靡きませんよ」


 え?もう何度目かのクエスチョンマークが脳内にわいて踊る。


「やはり、やはりそうなのですね?」


 おれのクエスチョンマークの上で、おねぇが歯を喰いしばりつつ呻く。


『どこの歯科に通ってるんですか?紹介してください』

 そうききたくなるほど、真っ白な歯がきれいに並んでいる。

 おねぇのことである。接吻キスするのに、口中のケアも余念がないのだろう。


 その瞬間、押さえ込まれている力がゆるむ。それを、見逃しやしない。かなりお間抜けな恰好ではあるが、畳に両肘をつき、後ろ向きでおねぇから逃れる。


「藤堂君、どうした?なにかあったのか・・・」


 そのタイミングで、つぎは篠原がやってきた。廊下で立ち尽くす藤堂の横で、篠原はごく自然な様子で室内を観察する。


 篠原は、観察した後もただ廊下に突っ立っているだけで、なんのリアクションも示さない。そして、なんらかの表情を浮かべるでもない。さらには、フリーズ状態にすもならず・・・。


 この状況を、篠原はどう解したのであろう・・・。

 

 ずいぶんと後、この「角屋」でのことを思いだしたとき、このときに篠原がどう感じたかをしりたいと思う反面、怖いとも思ったものである。



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