「おいいなさいっ!」
んっ?
脳内に、クエスチョンマークが踊る。
殺った?殺る、ではないのか?なぜ、過去形で問うのか?
怒りにわれを忘れたか?それとも、怒りの沸点の作用で、いっきに酔いでもまわったのか・・・?
それにしても、腕と肩の関節が痛い・・・。たまらない痛さである。
「せ、先生・・・。どうか落ち着いて・・・。これだけ締め上げられたら、痛みで、痛すぎて話すこともできません・・・」
訴えた瞬間、締め上げから不意に開放された。お?と思う間もなく、肩に衝撃があり、気がつくと天井をみ上げている。
「がちゃん」
空になった銚子が、膳の上から転がり落ちたりぶつかり合ったりする音が、耳に飛び込んでくる。
いや、音などささいなこと。天井をバックに、おねぇの相貌がおれのそれのすぐ真上にある。
こちらのほうが、ビジュアル的にどうよっ感じである。
おねぇは、柔術の心得がある。ああ、これはもしかすると床技ってやつなのか、BL系限定の?
「わたしは落ち着いていますよ、主計。さあ、痛みから解放して差し上げました。これで話すことができるでしょう?土方君のことを話しなさい」
覆いかぶさり、両肩をおさえこんでくる力もまた、尋常ではない。しかも、おれの股の間に脚を差し込んでくるところなど、さすがとしかいいようがない。
痛みは、ちっとも軽減されていないではないか・・・。
この「マジやばい」状況から逃れる術を、すばやく模索する。
「副長のこと?副長のなにを話せばいいのです?」
時間稼ぎしてみる。
「さきほどから申しているでしょう?やったのか、と」
「副長があなたを殺ったと?おれのしるかぎり、副長はあなたを殺っていない。あなたはここでぴんぴんしているではないですか?」
その瞬間、おねぇの、たぶん魅惑的なんだろう、両方の瞳がみひらかれる。
「ぴんぴん?なにを申しておるのです。ごまかしはいけませんよ、主計」
上半身は、おねぇの片方の掌でおさえこまれている。腕を動かそうにも、おねぇの腕と上半身とでほんのわずかでも動きそうにない。そして、おねぇは、おれの股の間から自分の脚をどけ、こともあろうにもう片方の掌で、おれの内股をおさえた。
貞操を脅かす動きについても驚きだが、その言葉にも驚いた。同時に、自分がまんまとひっかかったことに気がつく。
かまをかけられた。
「やった」という言葉を、「殺った」ととってしまった。やるややった、という曖昧フレーズは、便利な反面使用するのに、しばしばリスクを伴う。
おれはみずから、暗殺計画を漏らしてしまった。すくなくとも、そうとにおわせてしまった。
不覚・・・。元囮捜査官がきいてあきれる・・・。
「土方君は、わたしなど歯牙にもかけなかった・・・。美しい名俳人のわたしを、かれは妬んでみようともしなかった。心も体もけっして開こうとしなかった・・・。ですが、あなたはちがう。主計、土方君は、あなたとやったのでしょう?わたしにはわかります。さぁ主計、おいいなさいっ!」
相貌と相貌の間に、ほどんど距離はない。おねぇの言葉よりも、息と唾がおれの顔面をぶつ。
ウエルニッケ領域よ、しっかり働け・・・。
自分の脳を励ます。
おねぇの叫びにちかいその長台詞を、数十秒後にやっと咀嚼する。
「ええーっ!」
おなじ状況に陥ったら、99%の人がするであろうおなじリアクションを、つまり、なんのひねりも面白みもない驚愕の叫びを、この部屋だけでなく「角屋」全体に響き渡りそうなほど上げてしまった。